ユロフスキ/ロンドンフィルハーモニー管弦楽団

2010年9月22日(水)19:30 -
Royal Festival Hall, London

演奏:
 Petra Lang (Mezzo Soprano)
 Vladimir Jurowski (Conductor)
 Ladies of the London Philharmonic Choir
 Trinity Boys Choir

 London Philharmonic Orchestra

曲目:
 Alexander von Zemlinsky: 6 Mäterlinck Songs, Op.13
 Gustav Mahler: Symphony No.3

 2010/2011シーズン最初のコンサートは、ユロフスキ指揮のロンドンフィルによるマーラーの3番。実はこのコンビを聴くのを僕は意図的に避けてきた。以前彼らの演奏会でブラームスの一番を聴いたときに、奇をてらったとしか言いようのない演奏だったのでユロフスキという指揮者に対してはかなりネガティブな印象を持っていた。また、ロンドンフィルについても、ロンドンの5つのメジャーなオーケストラ(ロンドン交響楽団、BBC交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団、ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団、ロンドンフィルハーモニー管弦楽団)の中では技術的に一番弱いので、どうしても他のオーケストラばかり聴いていた。
 ただ、ユロフスキという人は巷での評判はかなり高く、まだ若い(38歳!)にも関わらず、期待の新星という評価もあちこちで見かける。この人はマーラーで聴くと面白いかも知れないと思い、ほぼ2年ぶりに彼らのコンサートに出かけてみた。

 最初のツェムリンスキーは初めて聴く曲。最後期ロマン派の例に漏れず、拡大された調性を用いて書かれている。ただ、プロムスでベルリン・ドイツ管弦楽団が演奏したシュレーカーのような色彩感には乏しく、今ひとつ何かが足りていないような気がした。
 彼の音楽では、あくまでも当時の主流だった様式に従って、拡張された調性という極めてロマンティックな音楽語法を用いているものの、彼の音楽自体はもう少し真面目なものを主張しているように思える。言ってみれば、語っている内容とその語り口に無視できない溝がある。最後期のロマン派の書法は、どこまでも快楽の海に溺れていくような、退廃的な香りに満ちたものだけれど、ツェムリンスキーはむしろ内省的な精神を持っていたに違いない。
 ただ、これ一曲でツェムリンスキーという作曲家を評価してしまうのは早いとも思う。この日演奏された曲の中にも、部分的には非常に美しい音楽もあった。もう少し探求する価値のある作曲家であることは間違いないと思う。
 ペトラ・ラングの歌は、きちんとした技術的・音楽的基礎の上に豊かな表情を持った立派なものだった。

 続いてマーラーの最長の交響曲である第3番。8本のホルンの斉奏で勇壮に始まる。ユロフスキはいよいよここで本領を発揮し、極めてアクセントとアタックの強いフレージングで、速めのテンポでぐいぐいと押しまくる。かなりの高揚感と緊迫感を効かせた演奏でドラマティックに聴かせる。そのまま最後まで突っ切ると演奏者も聴衆も神経が持たないのではないか、と思っていたらそこはさすがに音楽の経過に従ってやや柔和さが加わってきて少し落ち着いた。
 このユロフスキという指揮者は、音楽がその瞬間瞬間に産み落されていくような、生命感の溢れる演奏が非常に印象的だった。特にフォルテで盛り上げる部分の音楽の高揚のさせ方のうまさは、持ち前の生命感と相俟って素晴らしい水準に達している。彼の評判はここから来ているというのは間違いないだろうし、その判断は正しいと納得できた。おそらくブラームスでは偶然うまく行かなかった演奏に立ち会ったのだろうと思う。

 ただし、彼のマーラーに欠点がなかった訳でもない。マーラーの交響曲ではしばしば、曲中のクライマックスに続いて、断片的な旋律が薄い伴奏に乗って奏されるという音楽が現れる。こういうところでは、感情の爆発の後に自分の心の奥深くの内省あるいは虚無感、脱力感などを表現する必要があるのだけれど、ユロフスキは薄い音の断片の表面を追いすぎてしまい、そこに聞こえるのは単なる音の集まりとなる。結果として、音楽が音楽として成り立たなくなってしまう。
 こういう部分では、心理の深淵を底流する抑えがたい何かが聴こえてきてほしい。そのためには、表面に聞こえる音の向こうにある響きの世界に耳を傾けて、音の一つ一つにこだわりすぎずに囁くような奏法で演奏する必要がある。恐らく一つ一つの音に最大限の効果を求めるのはユロフスキの音楽家としての本能なのだろうと思うけれど、目に見える音だけでなく、その向こうにある何かを感じ取れるようになったときに、彼の演奏は一段高いレベルに到達するだろうと思う。

 第1楽章以降も、レントラー風の2楽章や森の中を散策しているような3楽章は彼らしい鋭敏なリズム感に支えられた生命感溢れる演奏ですばらしかった。個人的には、第2楽章はたくさんの花が咲き乱れ、絢爛たる色彩と馥郁とした香しさが匂い立つような演奏が好みだけれど、ユロフスキはもっとすっきりと清潔な印象を与える演奏をした。これはこれで別な美しさがある。第3楽章のポストホルンのソロも美しくて秀逸。第4楽章はメゾソプラノ(ペトラ・ラング)を伴う神秘的な音楽で、速めのテンポにも関わらず深みのある表現になっており良かった。第5楽章の合唱も非常に美しく、中間楽章は概して充実していた。
 最後の第6楽章はしっとりとした表現で豊かに歌う。ただしここでも、ユロフスキの音楽はピアノの部分よりフォルテの部分でより冴え渡り、クライマックスの作り方のうまさで最後は否応なく気分を乗せられるのだけれど、全体として見ると、クライマックスが上手ければ上手いほど、表現の幅に偏りが生じるのは避けがたい。それによって、より一層の深みが感じられず物足りなさが残ったのも事実だ。

 ロンドンフィルについては、個々の奏者の実力はかなり高く、どのパートが弱いというような穴もない。ただ、どういうわけかこのオーケストラは合奏が弱く、各楽器が有機的に合わせるべきところで綻びが目立つ。
 また、非常に残念なのはその音色に魅力が乏しいことで、これも特に汚い音がするという訳ではないけれど、ロンドン交響楽団のような芯のある華やかさや、フィルハーモニア管弦楽団のような心の奥の襞に染み入るような切ない音色の魅力といったものが感じられない。あと一歩オーケストラの実力が上がれば、ユロフスキの指揮も更に活きてくるのではないかと思う。そういう意味でまだまだ発展途上の、前途あるコンビだというのがこの日の演奏を聴いた僕の結論だった。
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by voyager2art | 2010-09-23 09:07 | オーケストラ


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