天国の音楽/ラトル & ベルリンフィル

 昨日に続いてラトルとベルリンフィルのロンドン公演。シューベルトの交響曲9番(グレート)をメインに、ハイドンの交響曲と細川俊夫氏の新作のホルン協奏曲。ホルンソロはもちろんシュテファン・ドール。


Joseph Haydn: Symphony No. 99 in E flat
Toshio Hosokawa: Horn Concerto - Moment of blossoming (UK premiere)
(Interval)
Franz Schubert: Symphony No.9 in C, D.944 (Great)

Stefan Dohr (Horn)
Sir Simon Rattle (Conductor)
Berliner Philharmoniker

22/Feb/2011 (Tue) 19:30 -
Barbican Centre, London


 演奏会の最初にオーケストラのメンバーが舞台に上がってきたときに、思わず目が釘付けになったのがホルン奏者のサラ・ウィリス。Youtubeの動画では何度も見たことがあったけど、本物を見たのは初めて。動画でもきれいな人だと思っていたけど、実際はそれ以上のものすごい美人で驚いた。今日の僕の席は舞台のすぐ前で、管楽器陣はほとんどみえなかったけど、たまたまサラ・ウィリスだけは角度がよくて良く見えた。ラッキー。

 最初のハイドンは、疲れが出て上手く聴けないまま、意識が少しまどろんだ。僕は実演でモーツァルトを聴くと寝てしまうことが多い(オペラは別)けど、ハイドンもどうやら同じらしい。深い眠りに落ちたという訳ではないけど、心地よい響きに身を委ねて少しうとうととした。

 続くホルン協奏曲は、"Moment of blossoming"という題がついていて、プログラムによれば、蓮の花が神秘的にひらくさまと、そこに付随する東洋の祈りの想念を描いた曲ということらしい。
 曲はほとんど聴こえないほどのヴィオラの持続音から始まる。明確な旋律を持たず、静かなというよりかすかな音響が空間の広がりを表しているよう。再び曲目解説によると、これは実際には水面の描写らしいのだけれど、僕には日本の夏の風景を思い起こさせた。炎天下の夏の空気の中で、全てのものがまどろみ、濃密で白い太陽の光の中にまぶしく溶けていく。風の音一つ聞こえず、葉ずれのささやき一つ聞こえない完全な静寂の中で、木の葉の影が、太陽に強く照らされた地面に斑な模様を描いている。そんなイメージ。
 音が動き出すと、今度は突然水に揺れるイメージに変わった。その中で独奏ホルンが、やはり旋律ではない何かを奏する。それは成長していく蓮のイメージなんだけど、オーケストラが描き出す周囲の世界の一つの要素であって、西洋式の協奏曲にあるような、管弦楽の対立項としての独奏ではない。あくまでも、世界の一つの要素としての蓮の花にフォーカスしただけという感じ。とっても東洋的な思想を明確に感じる。

 やがて音楽は大きく活発に動き始める。解説によると花と自然の間に起こる衝突("Conflict")と説明されていたけれど、このConflictという語は本当に正しい訳なのかと疑問に思った。これもやはり対立ではないように思えた。むしろこれは、花とその周囲の自然とのインタラクションinteractionではないのか。
 解説では蓮の花の擬人化、あるいは蓮の花に東洋人が込める祈りを音楽に盛り込んだ、とある。それを読み解く際に、洋の東西の根本的な発想の違いに注意する必要があると僕は思う。ヨーロッパ(キリスト教)では、人は自然と対立あるい対比するものだ。人は神が特別に創造した存在なのでそれは論理的に当然の帰結だ。一方の東洋では、人は自然の一部であって、相互に対立するものではないという発想が根底にある。東洋的、あるいはもっと絞り込んで日本的な世界観では、八百万(やおよろず)の神に象徴されるように、本質的に並列で多様なものが動的な均衡を保っているという思想があると僕は思う。その世界では、蓮の成長がもたらす周囲の自然との「衝突」は、あくまでも動的な均衡の一部をなす相互作用でしかないはずだ。

 客席にトランペットとトロンボーンが配置されていたために、四方八方から音が飛んできて、非常にダイナミックなプロセスの中に入り込んだような錯覚を覚えた。分子レベルで蓮と自然が相互に作用を及ぼし合い、その結果として蓮が成長し、染色体が複製され、細胞分裂が活発に行われる。微視的には極めて活発なそのプロセスの中に放り込まれたような感じで面白い。

 極めて印象的だったのは、その後にくる、花がひらくところの描写。西洋式の音楽であれば、この花が開く瞬間というのは何かの(=「神」の創造行為の)成果であり、誇るべき、あるいは賞賛すべき達成だ。しかしこの曲では、そういう人間側の理屈や都合には無関心に、あくまでも自然の動的な均衡の一プロセスとしての開花が淡々と描かれる。時が経てばこの花はしぼみ、枯れていく。そして年が巡ると、また同じプロセスで花がひらく。これが動的な均衡だ。その描写に人間の感傷や思惑は排除されているて、厳しく、全体的な世界の把握に再び東洋の思想を感じた。

 この音楽には非常に魅了された。僕自身が日本人であるということを極めて強く思い出せる力があって、一方でこの曲をヨーロッパの人々がどう捉えたのかという点も非常に興味深い。案外きちんとこういうことを理解しているんじゃないかなというが僕の予想。なぜなら、ドールとベルリンフィルがこの点を極めて明瞭に表現していたから。
 いずれにしても、この細川俊夫という人の音楽はもっと色々と聴いてみたい。本当に面白かった。



 休憩を挟んでいよいよメインのシューベルト。シューベルトの音楽を聴くのに理屈を語るのは野暮というものだろう。どこまでも歌に満ちていて、様々な表情を持った旋律が次から次へと繰り出される。そこに、特殊な和音は全く使わないのに、繊細であっと驚くような絶妙な和声の変化が添えられて、万華鏡のように音楽が変化していく。ひたすら流れ続ける音楽に身を浸し、溺れ、沈んでいく。究極的に美しい音楽に浸かり、純粋で豊かな歌に酔う。
 ラトルとベルリンフィルの演奏も本当にすごかった。ラトルはベルリンフィルの音色と音量のレンジを最大限に使いつつ、細心の組立てと指示でシューベルトの音楽をとても自然に歌わせる。オーケストラもそれに完璧に応え、歌とアンサンブルを究極的な水準で並立させる。厚みのある統一のとれた響きは相変わらず素晴らしく、その上にメリハリの効いた彫りの深い、そしてとても鮮やかでかつ豊かな音楽が滔々と流れ続ける。

 至福の音楽のときが流れていって、その中でも印象的だったのは、例えばスケルツォでリズムに絶妙のタメをつけて諧謔味を強調したかと思えば、中間部のトリオでは、秋のさなかに黄色く色づいた木々の葉に秋の日が柔らかく差し込み、葉が黄金色に輝き渡るような、明るくて透明な寂寥感の表現。このトリオは本当に美しくて、終わってほしくなかった。でもシューベルトの常として、美しい音楽ほどあっという間に過ぎ去る。そしてスケルツォが戻ってくると、不思議なことにまた、このスケルツォの面白さの虜になる。

 最終楽章はベートーヴェンの7番の終楽章のような興奮を持った音楽だけど、一方でシューベルト特有の歌心は決して途切れることがなく、でもラトルとベルリンフィルはその歌心をしっかりと中心に据えて保ったまま、どんどん巨大な音楽を構築していく。圧倒的な推進力とどこまでも続く歌心の希有の結合で、圧巻のフィナーレが作り上げられていった。
 この演奏はすごかったとしか表現のしようがない。この曲を聴いて短いと思ったのは初めての経験だった。こんなにあっという間に終わってほしくなかった。
 音楽の幸せに浸り切ることのできる、美しい時間だった。
[PR]
by voyager2art | 2011-02-23 09:37 | オーケストラ


ロンドンを起点に、音楽、写真、旅などについて書いていきます。メールは voyager2artアットマークgmail.comまでお気軽にどうぞ。


by voyager2art

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
オペラ
オーケストラ
ピアノ
室内楽
器楽
バッハ平均律1巻
バレエ
ジャズ
写真
絵画
演劇
雑感
楽譜

旅行記
旅行情報
旅行下調べ

その他
未分類

最新の記事

こっそりとお知らせ
at 2012-04-10 06:02
このブログを終了します
at 2012-03-01 06:35
超期待!の若手/ブニアティシ..
at 2012-02-26 02:18
寄り道香港
at 2012-02-14 07:13
京都
at 2012-02-13 04:54

最新のトラックバック

Debussy & Sz..
from MusicArena
Brahms: Vn-C..
from MusicArena
音遊びをする人たち シベ..
from miu'z journal ..
どんちゃん騒ぎのカタルシ..
from miu'z journal ..
LSO/ティルソン=トー..
from LONDON BORING ..
例えばE=mc2の美しさ..
from miu'z journal ..
フィルハーモニア管/マゼ..
from LONDON BORING ..
ロイヤルオペラ/『三部作..
from ロンドン テムズ川便り
久しぶりに上手いオーケス..
from miu'z journal ..
新しい注目株の予感
from miu'z journal ..

以前の記事

2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧