チラム

 チラム(Chilham)はカンタベリーからバスで30分ほどの場所にある。ここはライ(Rye)のように有名な、いわゆる観光地ではないようで、バスに乗ったお客さんの数も少なく、その人たちもほとんど途中で降りていった。チラムに着いたときには僕の他にはおばあさんが一人だけ。
 さて、その到着したチラム村、バス停は街外れにぽつんと立っているだけなので、そこからどう行けばいいのかよくわからない。
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 人気のない静かな村で、日光だけが燦々と明るく降り注いでいる。観光地でも何でもないので、人の流れに着いていくこともできない。バスの運ちゃんに訊くと、道の一方を指差してあっちだと教えてくれた。ありがとうとお礼を言って、その方向へ歩き始める。
 先にバスを降りて歩いていたおばあさんも、僕と運ちゃんの会話を聞いていたのか、僕に話しかけてきてくれた。あなた街の広場へ行くの? 僕はチラムという街の名前だけしか知らずにここへ来たので、村に広場があるのかどうかも全く知らない。そう答えると、じゃあこの道を真っすぐ行って丘を登ると広場に出て、そこが歴史の古い街のあるところよ、と教えてくれた。どうもありがとう!
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 勇んで歩き始めるけど、本当に静かな村でちょっと驚いた。とりあえず村の入り口に一軒の宿があり、そこにパブがあったので、食事はできることを確認。お昼過ぎなのでお腹が空いていたけど、とりあえず村の中心までは行ってみようと歩き続ける。
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 こぢんまりとした村で、全然人が歩いていないので何だか非現実の中にさまよい込んだような錯覚に陥る。こんな場所は初めて。

 5分も歩かないうちに、街の広場に到着。広場と言っても、ちょっとした広さしかなく、20台くらいの車が並んでいる。その周囲には、レンガと白壁が美しいコントラストをなす可愛らしい家が並んでいる。その一角にはパブがあり、地元の人とおぼしき人たちがビールを飲んでいる。別の一角には教会があり、その対面には荘園領主の館とおぼしき広大な庭園のある邸宅があるけれど、この庭園は普段は非公開で入ることはできない。
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 とりあえず一軒だけあったカフェでサンドイッチを食べて、この村を歩き回ることにした。でも歩いてみて分かったのは、この村は歩き回れるほど大きくないということ。どの道も、少し歩いただけで周囲に家がなくなる。
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 とりあえず教会の敷地に入ってみた。家族連れが一組いて、両親がのんびりしている横で子どもたちが元気一杯に走り回っていた。
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 教会の裏手の庭に回ると、もうこの子どもたちの遊び声も聞こえない。ベンチに腰掛けると、不意に周囲がしんと静まり返った。遠くあちこちで小鳥が鳴いているのが、途切れることなくかすかに聞こえてくる。ずっと遠くの道を行き交う自動車の音がかすかな通奏低音になっていて、これも途切れることがない。それ以外には何も聞こえない。
 完全な明晰さで輝く陽光の下で、音も立てずかすかにそよぐばかりの緑に囲まれて、濃くて深い静寂に包まれていると、また非現実の世界に入り込む心地がする。ここでは時間は流れているのか、止まっているのか。あるいは、そもそも時間は存在しているのか。
 この場所でしばらく非現実感に身を委ね、明朗と静寂のはざまに遊ぶ。


 少し経ってから、カフェに戻ってクリームティーを頼んだ。自家製の巨大なスコーンが2つ出てきてびっくりした。これはちょっと食べきれないな。でも、外はサクッとしていて中はしっとり。とてもおいしい。食べ物の貧しいイギリスで、唯一諸手を上げてその美味しさに賛同できるのがクロテッドクリームをつけたスコーン。おなかに入る限り詰め込んだ。
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 戸外のテーブルでスコーンを食べながら、強さと鮮やかさを増す光に包まれて、色彩の氾濫に襲われる。本当にここはどこなんだろう。今はいつで、自分は誰なのか。強烈な陽の光に意識が輪郭を失って溶け出していくような気がした。
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by voyager2art | 2011-04-10 19:26 | 旅行記


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