最高の幕開け/パッパーノ & ロイヤルオペラハウス/プッチーニ三部作

 プロムスも終わり、2011/2012のシーズンがあちこちで幕開け。シーズンが終わるとプロムスが始まると言って喜び、プロムスが終わると新シーズンが始まると言って喜ぶ僕。年がら年中楽しみがあるロンドン、なんて素晴らしい街なんだ。
 ロイヤルオペラハウスの新シーズンも今週から始まり、最初の演目はプッチーニの「外套」「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」の三部作。実はジャンニ・スキッキすら観たことがなく、他の二つはタイトルも知らなかった。


Il Trittico (Giacomo Puccini)

Antonio Pappano (Conductor)
Richard Jones (Director)
Orchestra of the Royal Opera House

17th Sep. 2011 (Sat) 18:30 -
Royal Opera House



Il Tabarro

Michele: Lucio Gallo
Giorgetta: Eva-Maria Westbroek
Luigi: Aleksandrs Antonenko
Tinca: Alan Oke
Talpa: Jeremy White
Song Seller: Ji-Min Park
Frugola: Irina Mishura
Lovers: Anna Devin, Robert Anthony Gardiner


 最初のIl Tabarro(外套)。あらすじはこちら。モノクロに近い舞台で、4度でたゆたう序奏がプッチーニらしい抒情を漂わせて始まった。歌手陣の水準が高く、脇役まで存在感があるので劇に厚みが出る。脇役の中で特に良かったのがタルパで、このキャラクターはひょっとして、と後になって配役表を見たら、6月に観たトスカでいい味を出していたジェレミー・ホワイトだった。さすが。
 もちろん主役の三人(ミケーレ、ジョルジェッタ、ルイージ)も素晴らしくて、ジョルジェッタ役のエヴァ=マリア・ウェストブロックとルイージ役のアントネンコはしっかりした声量と表現力が見事だったし、ミケーレを歌ったガッロは声量こそ二人に譲るものの、ときに苦く、ときに激情を伴う歌を見事な歌と素晴らしい演技力で披露していて圧巻。
 パッパーノの指揮するオーケストラは相変わらず見事の一言。抒情と苦悩と悲劇に満ちたこの作品を、素晴らしい情緒と緊張感で盛り上げていた。

 作品自体について言えば、やはり上演頻度が低いのには理由があるというべきか、全体の構成にバランスの悪さが感じられた。このオペラはヴェリズモ・オペラの流れを汲むということで、始めの方にルイージが人生の苦しさを歌う場面がある。貧しい生活ゆえの厳しい労働に追われる苦さと辛さ、時折訪れる楽しみも日々の苦しさの合間ですぐに色あせ、きつい酸味を帯びてしまう。ここの部分の汗と苦悩に満ちた舞台は喉を締めつけるような真実味を持っているのに、そのすぐあとにルイージとジョルジェッタが歌うのが、特大で生クリームとシロップたっぷりのケーキのような、やたらと甘い歌。これで一気にバランスが崩れてしまう。この歌が甘さと同時に現実逃避の切実さを帯びたらぐっと劇に深みが出ると思うのだけど、残念ながらどっぷりと甘いだけだった。欲を言えば、この作品はヴェルディのオテロのように、がっちりと力強く構成し切るほうが良かっただろうと思う。
 それでもミケーレがジョルジェッタに向かって、二人の関係をもとの幸福なものに戻すために語りかける歌の抜き差しならない緊張感や、その後の過去の回想シーンを歌うミケーレの切ない苦渋などは素晴らしかった。最後はドラマティックな結末で締めくくり、歌と演技と演奏の素晴らしさもあって、それはそれで見事なものだった。
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Sour Angelica

Sister Angelica: Ermonela Jaho
The Princess: Anna Larsson
The Abbess: Irina Mishura
The Monitress: Elena Zilio
Mistress of the Novices: Elizabeth Sikora
Sister Genovieffa: Anna Devin
Nursing Sister: Elizabeth Woollett
Alms Sisters: Gillian Webster Kathleen Wilder
Sister Osmina: Eryl Royle
Sister Dolcina: Elizabeth Key
Novice: Katy Batho
Lay Sisters: Melissa Alder, Kate McCarney


 続くSuor Angelica(修道女アンジェリカ)は、Wikiの解説によれば、プッチーニ本人の自信作だったにもかかわらず、三部作の中で最も早く脱落したという。確かにこのストーリーではどうかとも思ったけれど、一方でプッチーニが自信を持っていたという点にも非常に興味が涌いて、期待と不安を両方抱いていた。

 いざ幕が開くとびっくり。修道院が舞台というから、なにか薄暗い陰気な場所を想像していたら(僕は修道院がどういうところか知らないので、勝手にそういう場所を思い浮かべていた)、舞台はベッドの並ぶ病院。しかも優しい光が豊かに差し込んでいる。あらためていま調べてみると、修道院では医療行為もしていたとかで、ようやく納得。登場人物の修道女たちは、白い服と帽子を身につけているので、看護婦のようにも見える。優しい音楽の流れる中、修道女達が会話をしている(もちろん歌で)のだけれど、どうも音程の悪い人が多いのが残念。でも、主役のアンジェリカを歌ったエルモネラ・ヤホの歌は素晴らしかった。音程が正確なのはもちろん、しっかりした芯のある声と抜群の表現力で、落ち着いているけれど内に何ものかを秘めたアンジェリカの謎めいた雰囲気を完璧に歌で表現する。
 もう一人、今日の舞台で素晴らしかったのが、彼女の叔母の公爵夫人を歌ったアンナ・ラーソン。何やらただならぬ雰囲気を漂わせて登場し、ヤホと二人で凄まじい緊迫感の張り詰めたやりとりを聴かせる。これが本当にすごくて、プッチーニの絶筆となった、例のトゥーランドットのリュウの歌を遥かに凌ぐ密度がここにはある。いつどこで爆発が起こってもおかしくないような、尋常ならざる真剣勝負の対話の末に、息子の死を知らされたアンジェリカがついにその極度に危うかった均衡を破って絶望の叫びを上げる。このときのヤホの歌声は、迫真の表現力とともにすさまじい声量もあって圧倒される。
 オーケストラの演奏も先の「外套」に続いてますます冴え渡り、ここまで観る限りではこの作品は駄作どころか、僕にはプッチーニの作品の中でも指折りの内容を持つとしか思えなかった。この先がどうなるのかと固唾をのんで見守る。

 その後アンジェリカは、周りの修道女達に慰められて、天から喜びが降りてきた、というような詞の歌を彼女らとともに歌う。これが、単に周囲の歌に合わせて自分を慰めているというようには僕には全く聴こえず、アンジェリカが極度の衝撃に正気を失い、狂気を帯びて歌っているように思えた。歌が平和な美しさを持っているだけ余計にその狂気が際立つ。
 そして最後。Wikiの解説を読む限り、原作者たちはここで実際に舞台上に聖母マリアとアンジェリカの息子を立たせることを意図していたようだけれど、今日の舞台には何も現れなかった。アンジェリカは、毒を飲んだ後に聖母マリアに助けを求めて叫ぶように祈った後、そのまま絶命し、修道女達の手によって椅子に身を横たえられた後、その亡骸にシーツがかぶせられる。そして、美しい賛美歌が流れる。それだけ。奇跡が起きたのかどうか、アンジェリカが救済されたのかされなかったのか、それは一切語られない。この効果は素晴らしく、一人の薄幸な女性の悲劇的な人生を、極めつけに美しい余韻の中にいっぱいに描き切る。これには深く心を揺さぶられた。

 恐らく原作者達(作曲したプッチーニと、台本を書いたフォルツァーノ)にとって、本人達の信仰心はともかくも、この作品は宗教的な物語であって、聖母マリアによる奇跡と救済というのが本質的なテーマだったに違いない。ところが、今日の舞台を演出したリチャード・ジョーンズは、この最後の場面から宗教色を完全に抜き去って、一人の個人の死に光を当てた。これによってこの作品が急に生き生きとした魅力を獲得して、普遍的な面白さをもったオペラに生まれ変わった。こういうところが演出家の腕の見せ所なのだと思う。彼は言葉や映像で何かを示さなくても、音楽が独立した役割を果たすことで物語を語り得ることを理解していたということなのだろう。素晴らしい演出だった。
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 黒服の女性がアンナ・ラーソン。その左がヤホ。
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Gianni Schicchi

Gianni Schicchi: Lucio Gallo
Lauretta: Anna Devin
Rinuccio: Francesco Demuro
Zita: Elena Zilio
Gherardo: Alan Oke
Nella: Rebecca Evans
Betto di Signa: Jeremy White
Simone: Gwynne Howell
Marco: Robert Poulton
La Ciesca: Marie McLaughlin
Maestro Spinelloccio: Henry Waddington
Ser Amantio di Nicolao: Enrico Fissore
Pinellino: Daniel Grice
Guccio: John Molloy


 最後のジャンニ・スキッキは、「私のお父さん」を聴いたことがあるくらいで、これが喜劇だとも知らなかったけれど、観てみるとこれがまた最高に面白かった。70年代のアメリカの家庭のような場所を舞台にしていて、これだけを見ればアメリカに対する痛烈な皮肉と読めなくもないけれど、実際にはそんなことは気にもかけない弾けた面白さに満ちていた。演出も演技も吹っ切れた明るさで、楽しい音楽に乗ってデフォルメの効いた舞台が繰り広げられる。コメディの解説をすることほど野暮なこともないのでこれ以上書かないけれど、歌手陣の歌も演技も素晴らしく、スーパーマリオブラザーズのマリオを細身にしたような、ガッロの演じるジャンニ・スキッキが何といっても絶妙。この人は「外套」のミケーレのような深みのある役だけでなく、こういう愛嬌のあるキャラクターも完璧に演じられる、芸の広くて深い人らしい。病気で降板したエカテリーナ・シウリーナに替わってラウレッタを歌ったアンナ・デヴィンも、一番の聴かせどころの「私のお父さん」を豊かで艶のある歌声で見事に聴かせてやんやの喝采。本当に楽しい舞台だった。
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 終わってみれば、全て水準の高い舞台ばかりで、シーズンの開始の演目としては最高だった。今シーズンはここでこれからどんな舞台が観られるのだろう。やっぱりここはロンドンで一番好きな場所だなあと幸せな気持ちで家路に着いた。
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by voyager2art | 2011-09-18 09:53 | オペラ


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