極上の劇場/マイケル・ティルソン・トーマス&ロンドン交響楽団

 最近ずっとバレエばかり観ている、と言うのはものすごく贅沢なことではあるのだけれど、そうなると今度はどうしても上手いオーケストラが聴きたくなってくるときがある。ロイヤルオペラハウスのオーケストラもポテンシャルは高いと思うけど、オペラはともかく、バレエのときはどうしても不満が溜まることが多い。特に悪名高いのがトランペットで(上手い人ももちろんいるけど)、僕はそれに加えて弦楽器の音程が不揃いなのが気持ち悪いことが多い。あと、チェロとベースがただ音を並べているだけのことが多くて、音楽が痩せる。伴奏が歌えば歌うほど、音楽も多層的で奥深い豊かさを獲得するのだと、元チューバ吹きの僕は声を大にして言いたい。

 ということで、ロンドン交響楽団。やっぱり上手かった。脱帽。指揮のマイケル・ティルソン・トーマスの演奏は初めて聴いたけど、名声に違わない実力派だった。

Debussy (trans. Colin Matthews): Selected Préludes
Debussy: Fantasy for Piano and Orchestra
(interval)
Berlioz: Symphonie fantastique

Michael Tilson Thomas (conductor)
Nelson Freire (Piano)

London Symphony Orchestra

24th Jan, 2012 (Tue), 19:30 -
Banbican centre, London


 最初のドビュッシーの前奏曲集、僕はこの曲集が好きなので楽しみにしていたけど、最初の音を聴いた瞬間に寝てしまった。大好きな沈める寺もあってちゃんと聴きたかったのに、起きたら終わっていた。仕方ない。こういうこともあります。

 気を取り直しての二曲目は、ネルソン・フレイレを独奏に迎えてのドビュッシー。ピアノと管弦楽のための幻想曲。フレイレは録音、実演を通して演奏を聴くのが初めてだったけれど、彼の名前は以前から知っていた。特に数年前に彼が出したブラームスの協奏曲の録音が、ライブ盤にもかかわらず技術的に極めて水準が高いと評判になったのを聞いていたので、今日の演奏会を楽しみにしていた。

 その演奏、評判に違わずピアノが実に鮮やか。どんなに音符の多い譜面でも、一切の淀みなしに見事に流れていく。色彩的な音楽に合わせてピアノの響きも自在に変化する。音量のバランスの問題でピアノの音がオーケストラにかき消されてしまうところが何箇所かあったのは気になったけど、ピアノの演奏技術的には完璧な出来だった。
 ただ、残念ながら見事なのはここまでで、どういう訳か彼の演奏からは感興や音楽の愉悦というものが伝わってこない。音楽の表面上の彫琢は信じられないくらいの完成度なのに、それを通して表現されるべき本質的な表現意欲が、僕には聴き取れなかった。
 僕は、フレイレというピアニストは極めて有能な職人というべき演奏家なのではないかという印象を持った。もちろん一回の演奏だけでその演奏家を判断するのは不可能だし、特にこのドビュッシーの曲は、音楽の極めて限られた一面だけを要求する作品なので、余計に判断は難しい。でも、僕は彼が音楽の深刻な側面を表現し切るさまをなかなか想像することができない。機会があればもう少し別の種類の音楽で、そしてできればソロで、彼の演奏を聴いてみたいと思う。


 休憩の後はベルリオーズ。僕はこの幻想交響曲という作品をあまり聴かない。嫌いという訳ではないけれど、好んで聴く曲のリストからは抜けている。そんなわけで、おかしな話だけれど、僕はこれを久しぶりに(しかも実演で)聴くのを楽しみにしていた。
 第一楽章の冒頭、マイケル・ティルソン・トーマスは木管楽器の旋律を仔細極まる指揮で実に丁寧に導き出す。ちょっとやり過ぎでわざとらしいな、とも思ったけれど、その後はもうロンドン交響楽団の横綱相撲。久しぶりに聴くと本当に上手い。各楽器の音の充実、表現の豊かさ、そして楽器間のアンサンブルの精密さ。マイケル・ティルソン・トーマスが何か指示を出すと、オーケストラが全体で一つの楽器のようにまとまって即座に反応する。
 そのマイケル・ティルソン・トーマスの指揮、冒頭こそわざとらしいと思ったけれど、その後は実にバランスの取れた演奏だった。ある枠の外には絶対にはみ出さないよう完全にコントロールされた演奏でありつつ、しかもあちこちで色々と仕掛けてきて、オーケストラをよく歌わせた生き生きとした演奏だった。劇場で、それこそロイヤルバレエのくるみ割り人形のような、よくできた上質の演出の作品に接しているような感じ。本来この曲は「幻想交響曲」というよりも「幻覚交響曲」とでも訳したほうがしっくりくる作品だし、演奏も作曲者のグロテスクな執念や常識からの逸脱に焦点を当てた、どろどろと人間臭いアプローチが大いに面白いと思う。それに比べると今日のマイケル・ティルソン・トーマスの演奏はもっと箱庭的で、でもその完成度は極めて高いので、これはこれでとても面白かった。

 このアプローチは3楽章まで続いたけれど、続く4楽章と最終楽章は一気に盛り上がった。金管楽器のフォルティシモを遠慮なく解放して、その響きの力強く華やかなこと! ここでもドロドロの狂気とは無縁の演奏だったけれど、それとは全く別の興奮が充満していて、聴いていて痛快なことこの上ない。断頭台への行進のはずが、なんだかお祭り騒ぎのような熱狂に取って代わられていたけれど、そんなことはお構いなしの楽しさがここにはある。
 続く最終楽章も、サバトの不気味さよりも、その響宴の狂騒自体の純粋な白熱に焦点を当てたような演奏で、華やかに楽しく力強く、そして最後は圧倒的に輝かしく曲を締めくくって演奏を終えた。

 この演奏が幻想交響曲のアプローチとして説得力があるのかどうかはよく分からないけれど、ライブで聴く演奏としては極めて高水準の出来で、心から楽しめた。個人的には、最後の二つの楽章でチューバが大活躍するのも面白く、大満足の演奏会だった。
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by voyager2art | 2012-01-26 08:14 | オーケストラ


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