超期待!の若手/ブニアティシヴィリ&カラビッツ/BBC交響楽団

 しばらくご無沙汰でした。久し振りのBBCシンフォニー、プログラムが素晴らしくて、シベリウスの4番にプロコフィエフのピアノ協奏曲1番、そしてメインがペトルーシュカ。どれも大好きな曲ばかりで、しかも最初の二つは演奏頻度が極めて低い。シベリウスもプロコフィエフも、実演で聴くのは初めてだった。しかもピアノのソロを弾くのが話題の美人ピアニストとくれば聴きに行かないわけにはいかない!

Sibelius: Symphony No.4
(Interval)
Prokofiev: Piano Concerto No.1
Stravinsky: Petrushka (ver. 1947)

Khatia Buniatishvili (Piano)
Kirill Karabits (Conductor)
BBC Symphony Orchestra

24th February, 2012 (Fri), 19:30 -
Barbican Centre, London


 指揮者のカラビッツは演奏どころか名前も聞いたことがなかった。舞台に現れた彼は、ロンドンのハイストリートにある若者向けの靴屋の店員、といった風貌で、今ふうの小洒落た雰囲気。でも演奏は正真正銘の正統派で、すばらしいものだった。
 シベリウスのシンフォニーは録音では何度も何度も聴いた、僕にとっては指折りのお気に入りの音楽。しかしこの曲、もともと派手ではないシベリウスの音楽の中でも際立って地味なもので、今までコンサートに掛けられるのを一度も聞いたことがない。シベリウスの6番も極めて通好みな曲だけれど、それでも今までに実演で二度聴いた。4番はタピオラと並んで豊かで深い抒情を湛えているにもかかわらず、不遇と言っていいほど演奏機会が少ないと僕は思う。
 その4番、冒頭の低弦とファゴットの太く力強い序奏と、深く長い呼吸で歌うチェロの印象的なソロで始まった。何といっても実演で聴くのが初めてなので、この冒頭がこんなに底光りするほどの深い艶を持っていることに驚いた。そして響きが美しいだけではなく、美しい音と響きが描き出す情景の豊かなこと。これまで北欧の冬の果てしない薄闇の音楽だと思っていたこの曲が、北国の暗さを基調としつつも多彩な四季を描いた音楽として、鮮やかに多層的に広がっていく。曇りがちで寒くはあっても、その向こうに微かに光の気配が感じられる初春。爽涼な大気に清澄な光が瑞々しく踊り、生命が一斉に芽吹いて多様な色彩を満ち渡らせる夏。秋は収穫の豊穣の象徴ではなく、むしろ冬の暗黒の到来を告げる不吉な使者として描かれる。冬の雪は、そこに住む人間の期待や都合などお構いなしに、自分たち自身の秩序、自然を律する物理と気象の法則に従って無心に勝手気ままに大気中を舞い、大地を覆い尽くす。長い年月にわたって厳しい自然環境と折り合いをつけて生きてきた人々の知恵と達観が、人の世界の外の広大な情景を、感傷を交えずに、しかし愛情を込めて描く。そこに広がる豊かな世界を表現するオーケストラも素晴らしく、ともすれば冗漫になりがちなこの曲を、驚異的に粘り強く息の長い歌で途切れることなく紡ぎ続ける。指揮者への信頼と音楽への共感が深く感じられて、本当に素晴らしい演奏だった。


 休憩を挟んで今度はプロコフィエフ。ステージに現れたブニアティシヴィリは、写真で見るよりもずっと濃厚に妖艶な雰囲気の美人。ピアニストというよりもジャズのヴォーカルといった、ただならぬ色っぽさを漂わせていた。ただし演奏のほうは少しムラがあって、上出来とは言えなかったように思う。この曲は若い日のプロコフィエフの瑞々しい音楽に満ちたチャーミングな作品だけれど、ピアノの演奏にはその曲ほどの溌剌とした感興が乗っていなかったのではないか。これが彼女のイマジネーションの問題なのか、今日のコンディションがたまたま悪かったのか、彼女の演奏を初めて聴く僕にはよく分からない。音楽が歌うほどには演奏が歌い切っておらず、しかも頻繁なテンポ操作が、音楽の表情を多彩にするというよりも演奏の恣意性を強調する結果に終わってしまっていて、どうもちぐはぐな印象が拭えない。技術的にも乱れが多く、手の小さい(1オクターブがやっとという感じだった)彼女にはプロコフィエフはうってつけの作曲家とは言えないかもしれない。
 しかし、これらの欠点にもかかわらず、彼女の音楽には何とも言えない艶があった。要所での仕掛けや、ここ一番のクライマックスは満足のいく演奏ではなかったものの、何ということのない経過句で時折はっとするような輝きを見せる。ピアノの響かせ方が高音と低音を艶やかに際立たせていて、彼女自身のエキゾチックな美貌によく似た、深く魅力的な煌めきがあった。彼女の音楽には聴き手を惹き付ける何かがある。
 この演奏でもう一つ特筆すべきは、指揮者のカラビッツの細心のサポート。常にピアノを注意深く聴き続け、ほとんど即興的に聴こえるブニアティシヴィリのテンポの変化に即座に的確に反応する。彼の敏感で正確な棒があったからこそオーケストラも(崩れそうになりながらも)何とかついていけたのは明白で、ここでの彼の指揮は本当に立派なものだった。

 アンコールは同じプロコフィエフのピアノソナタ7番(戦争ソナタの一曲)の終楽章。彼女は猛烈な勢いでこれを弾いた。ポリーニの録音の、重戦車が驀進するような圧力ともまた違うけれど、何かに憑かれたかのような圧巻のピアノで、これは掛け値なしに素晴らしかった。変拍子をものともせずに凄まじいテンポで突き進み、しかもその合間で、絶え間なく多彩に音量と音響を変化させていく。その一つ一つが完璧に効果的に決まって、本当にさっきの協奏曲と同じ人が弾いているのかと思うほど、曲と演奏者自身が一体化していた。最後のフォルティシモの、ただ大きいだけでなくて空間の広さも感じさせる響きは殊に印象的で、プロコフィエフのピアノ書法と、ブニアティシヴィリの魅惑に満ちた音楽を一度に堪能できる名演だった。
 僕は、このアンコールの演奏に心から感嘆すると同時に、ピアニストとしての彼女に一抹の危うさのようなものも感じた。曲と上手く噛み合ったときの演奏と、噛み合なかったときの演奏のギャップに、彼女と音楽の関係がどこか自然でないような印象を、ほんの微かにではあるけれど感じたからだ。もちろん彼女の演奏を聴くのは初めてだし、気のせいかもしれない。


 最後はメインのペトルーシュカ。最初はとにかくオーケストラがよく鳴って、BBCシンフォニーはもちろんとても上手いオーケストラではあるのだけれど、それでもこんなに鳴る楽団だったかと驚くほど。しかも単に音が大きいだけではなく、ストラヴィンスキーらしく色彩の無限の鮮やかさがあり、さらに表情にも芯の通った太い豊かさがある。最初こそ作品を覆うお祭り騒ぎ的な陽気さがあったけれど、音楽が進むにつれて、その下からざらざらと不快で苦い、皮肉な残酷が姿を現し始める。この曲は今まで何度も実演で聴いたことがあるけれど、表現の幅の広さと表情付けの陰翳の際立ったコントラストの点で、今日の演奏は間違いなく一番だった。相調和することのない音楽要素を平気でぶつけ続け、そこからいたたまれないほどの居心地の悪さを作り出す作曲技法の革新。急に躁に転換したと思うと、その後に失望の谷底へ突き落とす転換の鮮やかさ。そういった要素を余すところなく音にした今日の演奏は見事の一言。そして情景と登場人物の心理が克明に描かれれば描かれるほど、この作品が音楽だけで上演されているのがもどかしくなってくる。僕はこの作品をバレエの舞台でまだ観たことがない。でも、今日の演奏を聴けばこれがバレエ音楽として極上と言ってもいいほどの水準を持っていることがよく分かる。
 オーケストラからこれだけの演奏を引き出すカラビッツの指揮も素晴らしいの一言に尽きる。棒の振り方自体は派手でもなんでもなく、クライマックスで大きく振りかぶる以外は丁寧に拍子を取っているだけのように見えるのに、これだけの音をオーケストラに出させるというのはただ者ではない。彼の頭の中に明瞭なイメージがあり、それをリハーサルで伝える能力に長けているということなのだろうか。まだ若い指揮者だけれど、演奏会全体を通してこれだけ高水準の演奏をするのだから、まぐれ当たりということは考えられない。しかも演奏スタイルは堂々たる正統派。舌を巻いた。


 これだけ聴けばお腹いっぱい。これほど充実した演奏会はなかなかあるものではない。カラビッツという指揮者を知ることができたのも大きな収穫。彼の情報は今後注意して追いかけることにしよう。
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by voyager2art | 2012-02-26 02:18 | オーケストラ


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