カテゴリ:オペラ( 14 )

パッパーノのプッチーニ解説

 またFacebookから。ロイヤルオペラハウスの、Insightという作品解説イベントのビデオで、音楽監督のアントニオ・パッパーノによる、プッチーニの三部作から「外套」の解説。ドビュッシーの影響などを説明しながら、この作品の魅力を熱く伝えてくれている。
 



 このブログでも何度も書いているけれど、彼が振るとロイヤルオペラのオケの音が変わる。ドラマティックな表現と組み立ての上手さが素晴らしい、第一級の指揮者。来年のロイヤルオペラの目玉は何といっても彼が振るワーグナーの指環サイクルだろうし、来年僕が観に行く最初のオペラも、元旦に彼が振るマイスタージンガー。今から楽しみ。

[PR]
by voyager2art | 2011-12-15 06:05 | オペラ

お祝いのお祭り/プラシド・ドミンゴ・セレブレーション/ロイヤルオペラハウス

 チケットを買ってからずっと楽しみにしていた、ロイヤルオペラハウスのドミンゴの特別公演。ロイヤルオペラのドミンゴの公演は、去年の3月のタメルラーノ(ヘンデル作曲)を観に行ったのに、当のドミンゴが手術のため降板してしまって聴きそびれてしまった。それ以前にもドミンゴの実演に接したことはなかったので、今日になってようやく、彼の舞台を初めて観ることができた。
 ちなみに今日の公演は、正規のオペラ公演ではなくドミンゴのロイヤルオペラデビュー40周年を記念した特別公演で、ヴェルディの3つのオペラから見せ場を一幕ずつ上演するという変則的なもの。2回だけの公演なのでチケットの争奪戦も激しく、発売日に真っ先に押さえた。先日のリングサイクルのチケットと同じく、ロイヤルオペラハウスの年会費を払っていて本当に良かったと思える瞬間だった。


Plácido Domingo Celebration

Antonio Pappano (Conductor)
Royal Opera Chorus
Orchestra of the Royal Opera House

30th October, 2011 (Sun) 15:00 -
Royal Opera House, London




Verdi: Otello (Act IV)

Otello: Plácido Domingo
Desdemona: Marina Poplavskaya

Emilia: Hanna Hipp
Iago: Jonathan Summers
Cassio: Pablo Bemsch
Lodovico: Paata Burchuladze
Montano: Jihoon Kim


 最初のオテロ。僕はそれほどオペラを熱心に観る方でもないし、特にヴェルディを始めとするイタリアオペラはほとんど観ないので、オテロの音楽を聴くこと自体がほぼ10年ぶり。しかも音楽どころか物語の筋までほとんど忘れていて、ほとんど白紙の状態のまま幕が上がってしまった。
 でも、始まるとこれが引き込まれる。オテロはヴェルディの中でも音楽がしっかりしているし、デスデモーナのポプラフスカヤも調子が良さそうで、以前聴いた皇帝の花嫁のときは音程が不安定で冴えなかったという印象だったけど、今日はドラマティックな表現力がずっと冴えていた。しばらくデスデモーナの場面が続いた後に、いよいよドミンゴのオテロ登場。最初のフレーズは"Si." (英語のYes)この声がしっかりと客席まで通って響いてきたのに驚いた。

 正直に言うと、僕は今日の公演を、ドミンゴを"観る"ための公演だと思っていた。何といっても彼ももう70歳だし、いくら何でももう声を聴かせられる年齢ではなかろうと思っていた。とはいえ彼は押しも押されもせぬスーパースターで、全盛期の彼の圧倒的な歌声は録音を通してずっと親しんできた。オペラに興味を持つ者としては、一度は彼の実演に接しておきたいという、ほとんどアリバイ作りくらいのミーハーな動機で足を運んだ公演だった。
 ところが実際に聴いた彼の声は、往年の圧倒的な声量はない(録音を聴いた限りでの想像だけど)にしても、周囲の一級の歌手陣に全く引けをとらないどころか、ドミンゴ節と言う他ないような独特の声色と歌い回しがまだまだ健在で、舞台上であっという間に彼の世界を作ってしまった。最近ではテノールではなくバリトンのレパートリーを中心に歌っているというから、声も衰えているのかと思いきや、張りのある明瞭な高音域は一級品。中音域から低音域にかけては、力が入らず声を支え切れていないという印象があったけど、ここ一番というところは完璧に決めていって、もう最初から僕は引き込まれっぱなし。舞台上の存在感や演技力もさすがと言う他なくて、純粋にオペラ公演として心から楽しんだ。

 音楽的に言えば彼はもう新しい表現を試すとかそういう感じではなくて、今まで作り上げたスタイルの中で自在に役を演じているという印象。やや型にはまったような印象もあったけれど、その型自体がドミンゴ独自の世界として彼の魅力になっているので文句はない。見る者を強く惹き付けずにやまない彼の舞台を生で観られたことに、そして彼が今の年齢でまだその魅力を保っていることに、僕は感激した。
a0169844_812854.jpg

a0169844_8123465.jpg


Verdi: Rigoletto (Acto III)

Rigoletto: Plácido Domingo
Gilda: Ailyn Pérez
Duke of Mantua: Francesco Meli
Sparafucile: Paata Burchuladze
Maddalena: Justina Gringyte


 続くリゴレット。これも昔観たことがあったような気がするけど、全然覚えていない。これはドミンゴも最初に少しだけ出てくるけれど、途中の主役は何といってもマントヴァ公爵。この役を歌ったフランチェスカ・メリが、これぞイタリアのテノールという輝かしい歌声で、女たらしのバカ男を見事に歌い切っていた(注:褒め言葉です)。他の脇役陣もいい歌唱でぐっと舞台を引き締めて、最後にいよいよドミンゴ登場。短い場面だったけれど、娘を失う父親の絶望と悲嘆の表現は濃く深く、声も演技もオテロに比べて表現力が更にはっきりと増している。こちらもぐっと引き込まれて、完全にドミンゴの世界に籠絡されて幕。いやー、ドミンゴ凄い!
a0169844_8131989.jpg

a0169844_813467.jpg



Verdi: Simon Boccanegra (Act III)

Simon Boccanegra: Plácido Domingo
Amelia: Marina Poplavskaya
Gabriele Adorno: Francesco Meli
Jacopo Fiesco: Paata Burchuladze
Paolo Albiani: Johathan Summers
Captain: Lee Hickenbottom


 最後のシモン・ボッカネグラ。これはオペラを観たことさえなかったけど、暗くて引き締まった舞台と音楽が最初から素晴らしい。ここでのドミンゴは(元の物語を僕はよく知らないのだけれど)老いた権力者が死にゆく様を陰翳深くドラマティックに表現していて、もうあっという間に再びドミンゴ・ワールド。ついさっきバカ男を歌っていたメリが今度は神妙に娘婿のアドルノを歌っているのはご愛嬌だけれど、ポプラフスカヤもいい歌で、ブルチュラーゼのフィエスコも素晴らしい。全体としては短い幕だったけれど最後までずっと緊張感が途切れずに深まっていく。素晴らしい歌を歌い続けたドミンゴ、最後はあっと驚くような見事な(?)倒れ方で息絶えた。
a0169844_814157.jpg

a0169844_8144499.jpg


 公演全体として、彼の舞台姿は存在感の重厚さが際立っているのだけれど、一方で声は明るく明瞭な歌い口なので、とても若々しく爽やかな印象を残す。だから、今日の演目の一つ一つはとてもシリアスで悲劇的な内容だったにもかかわらず、観終わった後には「オペラを観た」という何とも言えず気分の良い満足感が胸に残った。そして今日は何より公演自体がお祭り公演だったので、会場の雰囲気も普段とは全然違う。みんなドミンゴが好きで、彼の舞台を観ることが幸せで仕方ない人たちばかり。終演後のブラボーはいままでロイヤルオペラハウスで経験したことがないくらいの勢いで、ドミンゴも何度も何度もカーテンコールに呼び出されては、嬉しそうにお辞儀をしていた。
 やっぱり彼はスーパースターなのだと納得した。もう本当に、最高に楽しいひとときだった。
a0169844_8151629.jpg

a0169844_8154319.jpg

[PR]
by voyager2art | 2011-10-31 08:22 | オペラ

最高の幕開け/パッパーノ & ロイヤルオペラハウス/プッチーニ三部作

 プロムスも終わり、2011/2012のシーズンがあちこちで幕開け。シーズンが終わるとプロムスが始まると言って喜び、プロムスが終わると新シーズンが始まると言って喜ぶ僕。年がら年中楽しみがあるロンドン、なんて素晴らしい街なんだ。
 ロイヤルオペラハウスの新シーズンも今週から始まり、最初の演目はプッチーニの「外套」「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」の三部作。実はジャンニ・スキッキすら観たことがなく、他の二つはタイトルも知らなかった。


Il Trittico (Giacomo Puccini)

Antonio Pappano (Conductor)
Richard Jones (Director)
Orchestra of the Royal Opera House

17th Sep. 2011 (Sat) 18:30 -
Royal Opera House



Il Tabarro

Michele: Lucio Gallo
Giorgetta: Eva-Maria Westbroek
Luigi: Aleksandrs Antonenko
Tinca: Alan Oke
Talpa: Jeremy White
Song Seller: Ji-Min Park
Frugola: Irina Mishura
Lovers: Anna Devin, Robert Anthony Gardiner


 最初のIl Tabarro(外套)。あらすじはこちら。モノクロに近い舞台で、4度でたゆたう序奏がプッチーニらしい抒情を漂わせて始まった。歌手陣の水準が高く、脇役まで存在感があるので劇に厚みが出る。脇役の中で特に良かったのがタルパで、このキャラクターはひょっとして、と後になって配役表を見たら、6月に観たトスカでいい味を出していたジェレミー・ホワイトだった。さすが。
 もちろん主役の三人(ミケーレ、ジョルジェッタ、ルイージ)も素晴らしくて、ジョルジェッタ役のエヴァ=マリア・ウェストブロックとルイージ役のアントネンコはしっかりした声量と表現力が見事だったし、ミケーレを歌ったガッロは声量こそ二人に譲るものの、ときに苦く、ときに激情を伴う歌を見事な歌と素晴らしい演技力で披露していて圧巻。
 パッパーノの指揮するオーケストラは相変わらず見事の一言。抒情と苦悩と悲劇に満ちたこの作品を、素晴らしい情緒と緊張感で盛り上げていた。

 作品自体について言えば、やはり上演頻度が低いのには理由があるというべきか、全体の構成にバランスの悪さが感じられた。このオペラはヴェリズモ・オペラの流れを汲むということで、始めの方にルイージが人生の苦しさを歌う場面がある。貧しい生活ゆえの厳しい労働に追われる苦さと辛さ、時折訪れる楽しみも日々の苦しさの合間ですぐに色あせ、きつい酸味を帯びてしまう。ここの部分の汗と苦悩に満ちた舞台は喉を締めつけるような真実味を持っているのに、そのすぐあとにルイージとジョルジェッタが歌うのが、特大で生クリームとシロップたっぷりのケーキのような、やたらと甘い歌。これで一気にバランスが崩れてしまう。この歌が甘さと同時に現実逃避の切実さを帯びたらぐっと劇に深みが出ると思うのだけど、残念ながらどっぷりと甘いだけだった。欲を言えば、この作品はヴェルディのオテロのように、がっちりと力強く構成し切るほうが良かっただろうと思う。
 それでもミケーレがジョルジェッタに向かって、二人の関係をもとの幸福なものに戻すために語りかける歌の抜き差しならない緊張感や、その後の過去の回想シーンを歌うミケーレの切ない苦渋などは素晴らしかった。最後はドラマティックな結末で締めくくり、歌と演技と演奏の素晴らしさもあって、それはそれで見事なものだった。
a0169844_9444171.jpg



Sour Angelica

Sister Angelica: Ermonela Jaho
The Princess: Anna Larsson
The Abbess: Irina Mishura
The Monitress: Elena Zilio
Mistress of the Novices: Elizabeth Sikora
Sister Genovieffa: Anna Devin
Nursing Sister: Elizabeth Woollett
Alms Sisters: Gillian Webster Kathleen Wilder
Sister Osmina: Eryl Royle
Sister Dolcina: Elizabeth Key
Novice: Katy Batho
Lay Sisters: Melissa Alder, Kate McCarney


 続くSuor Angelica(修道女アンジェリカ)は、Wikiの解説によれば、プッチーニ本人の自信作だったにもかかわらず、三部作の中で最も早く脱落したという。確かにこのストーリーではどうかとも思ったけれど、一方でプッチーニが自信を持っていたという点にも非常に興味が涌いて、期待と不安を両方抱いていた。

 いざ幕が開くとびっくり。修道院が舞台というから、なにか薄暗い陰気な場所を想像していたら(僕は修道院がどういうところか知らないので、勝手にそういう場所を思い浮かべていた)、舞台はベッドの並ぶ病院。しかも優しい光が豊かに差し込んでいる。あらためていま調べてみると、修道院では医療行為もしていたとかで、ようやく納得。登場人物の修道女たちは、白い服と帽子を身につけているので、看護婦のようにも見える。優しい音楽の流れる中、修道女達が会話をしている(もちろん歌で)のだけれど、どうも音程の悪い人が多いのが残念。でも、主役のアンジェリカを歌ったエルモネラ・ヤホの歌は素晴らしかった。音程が正確なのはもちろん、しっかりした芯のある声と抜群の表現力で、落ち着いているけれど内に何ものかを秘めたアンジェリカの謎めいた雰囲気を完璧に歌で表現する。
 もう一人、今日の舞台で素晴らしかったのが、彼女の叔母の公爵夫人を歌ったアンナ・ラーソン。何やらただならぬ雰囲気を漂わせて登場し、ヤホと二人で凄まじい緊迫感の張り詰めたやりとりを聴かせる。これが本当にすごくて、プッチーニの絶筆となった、例のトゥーランドットのリュウの歌を遥かに凌ぐ密度がここにはある。いつどこで爆発が起こってもおかしくないような、尋常ならざる真剣勝負の対話の末に、息子の死を知らされたアンジェリカがついにその極度に危うかった均衡を破って絶望の叫びを上げる。このときのヤホの歌声は、迫真の表現力とともにすさまじい声量もあって圧倒される。
 オーケストラの演奏も先の「外套」に続いてますます冴え渡り、ここまで観る限りではこの作品は駄作どころか、僕にはプッチーニの作品の中でも指折りの内容を持つとしか思えなかった。この先がどうなるのかと固唾をのんで見守る。

 その後アンジェリカは、周りの修道女達に慰められて、天から喜びが降りてきた、というような詞の歌を彼女らとともに歌う。これが、単に周囲の歌に合わせて自分を慰めているというようには僕には全く聴こえず、アンジェリカが極度の衝撃に正気を失い、狂気を帯びて歌っているように思えた。歌が平和な美しさを持っているだけ余計にその狂気が際立つ。
 そして最後。Wikiの解説を読む限り、原作者たちはここで実際に舞台上に聖母マリアとアンジェリカの息子を立たせることを意図していたようだけれど、今日の舞台には何も現れなかった。アンジェリカは、毒を飲んだ後に聖母マリアに助けを求めて叫ぶように祈った後、そのまま絶命し、修道女達の手によって椅子に身を横たえられた後、その亡骸にシーツがかぶせられる。そして、美しい賛美歌が流れる。それだけ。奇跡が起きたのかどうか、アンジェリカが救済されたのかされなかったのか、それは一切語られない。この効果は素晴らしく、一人の薄幸な女性の悲劇的な人生を、極めつけに美しい余韻の中にいっぱいに描き切る。これには深く心を揺さぶられた。

 恐らく原作者達(作曲したプッチーニと、台本を書いたフォルツァーノ)にとって、本人達の信仰心はともかくも、この作品は宗教的な物語であって、聖母マリアによる奇跡と救済というのが本質的なテーマだったに違いない。ところが、今日の舞台を演出したリチャード・ジョーンズは、この最後の場面から宗教色を完全に抜き去って、一人の個人の死に光を当てた。これによってこの作品が急に生き生きとした魅力を獲得して、普遍的な面白さをもったオペラに生まれ変わった。こういうところが演出家の腕の見せ所なのだと思う。彼は言葉や映像で何かを示さなくても、音楽が独立した役割を果たすことで物語を語り得ることを理解していたということなのだろう。素晴らしい演出だった。
a0169844_9451567.jpg

 黒服の女性がアンナ・ラーソン。その左がヤホ。
a0169844_9454298.jpg



Gianni Schicchi

Gianni Schicchi: Lucio Gallo
Lauretta: Anna Devin
Rinuccio: Francesco Demuro
Zita: Elena Zilio
Gherardo: Alan Oke
Nella: Rebecca Evans
Betto di Signa: Jeremy White
Simone: Gwynne Howell
Marco: Robert Poulton
La Ciesca: Marie McLaughlin
Maestro Spinelloccio: Henry Waddington
Ser Amantio di Nicolao: Enrico Fissore
Pinellino: Daniel Grice
Guccio: John Molloy


 最後のジャンニ・スキッキは、「私のお父さん」を聴いたことがあるくらいで、これが喜劇だとも知らなかったけれど、観てみるとこれがまた最高に面白かった。70年代のアメリカの家庭のような場所を舞台にしていて、これだけを見ればアメリカに対する痛烈な皮肉と読めなくもないけれど、実際にはそんなことは気にもかけない弾けた面白さに満ちていた。演出も演技も吹っ切れた明るさで、楽しい音楽に乗ってデフォルメの効いた舞台が繰り広げられる。コメディの解説をすることほど野暮なこともないのでこれ以上書かないけれど、歌手陣の歌も演技も素晴らしく、スーパーマリオブラザーズのマリオを細身にしたような、ガッロの演じるジャンニ・スキッキが何といっても絶妙。この人は「外套」のミケーレのような深みのある役だけでなく、こういう愛嬌のあるキャラクターも完璧に演じられる、芸の広くて深い人らしい。病気で降板したエカテリーナ・シウリーナに替わってラウレッタを歌ったアンナ・デヴィンも、一番の聴かせどころの「私のお父さん」を豊かで艶のある歌声で見事に聴かせてやんやの喝采。本当に楽しい舞台だった。
a0169844_947399.jpg

a0169844_9472430.jpg

a0169844_947471.jpg

 終わってみれば、全て水準の高い舞台ばかりで、シーズンの開始の演目としては最高だった。今シーズンはここでこれからどんな舞台が観られるのだろう。やっぱりここはロンドンで一番好きな場所だなあと幸せな気持ちで家路に着いた。
[PR]
by voyager2art | 2011-09-18 09:53 | オペラ

トスカ/セラフィン & ジョルダーニ/ロイヤルオペラ

 ロイヤルオペラのトスカ。体力が回復していないので、今日も要点のメモのみ。
a0169844_19304088.jpg

a0169844_19311355.jpg



Giacomo Puccini: Tosca

Martina Serafin (Tosca)
Marcello Giordani (Cavaradossi)
Juha Uusitalo (Scarpia)

Lukas Jakobski (Angelotti)
Jeremy White (Sacristan)



Antonio Pappano (Conductor)
The Royal Opera

The Royal Opera House, Covent Garden, London
11th June, 2011 (Sat) 19:30 -


 カヴァラドッシ役のジョルダーニは、この物語の男性の方の主役というには何とも普通のおやじさんで、街角の八百屋でまめまめしく働いていそうな風貌。でも歌は上手い。上の写真でも分かるとおり、今回は舞台のすぐ横の席に座ったから、他の席から聴いたらどうだったかは分からないけれど、僕には充分な声量で表情豊かに歌っていたと思う。幕が進むにつれて表現力もますます冴えて、今日の舞台全体をしっかりと引っ張っていた。
 そしてトスカ。セラフィンはしっとりとしていて艶のある美しい声が素晴らしい。声量で押すタイプではないけれど、出すべきところではしっかりと強い声も出るし、音程も群を抜いて正確で、聴いていてとても気持ちいい。歌い回しも本当に豊かで、容貌の美しさも相俟って、情感の陰翳の深い、実に魅力的なトスカを演じた。カヴァラドッシが描くマグダラのマリアの絵を見て、あの絵の女性の目を黒く描き直してね、というあたりの可愛い愛嬌も絶妙で、かと思えば2幕での悲痛な表現も深く突き刺さってくる。この人はまさにトスカに適役。

 スカルピアを歌ったウーシタロは第1幕では声があまり出ておらず、見た目の貫禄とは裏腹に印象が弱かった。特に第1幕の最後、デ・デウムの同じ旋律が畳み掛けるように執拗に繰り返され、彼が欲望を独白する場面は、完全に歌が負けてしまっていた。
 とはいえ彼も2幕では調子を上げ、拷問を受けて出てきたカヴァラドッシに対して、「私は何も言っていない」と語りかけるトスカの言葉を受けて、その目の前で「別荘の井戸の中だ」と部下に指示を出す憎たらしさと言ったらない。
 歌手陣では他に、教会の番人を歌ったジェレミー・ホワイトが、何とも憎めない愛嬌のある演技で、本当に上手かった。

 パッパーノの指揮するオーケストラはやはり普段とは別物。パッパーノはかなりのうなり声を発して体中から途轍もないエネルギーを放射して、オーケストを極限まで煽る。それに応えるオーケストラの分厚い響きも素晴らしい。強烈な緊迫感を漂わせたかと思えば、繊細な情感を色彩豊かにたゆたわせ、プッチーニの魅力的な音楽を鮮やかに描き出す。
 暗い基調の舞台がぐっと作品を引き締めて、とても楽しめたトスカだった。

a0169844_19313576.jpg

 セラフィンの左がカヴァラドッシのジョルダーニ、右がスカルピアのウーシタロ。右下に小さく写っているのがパッパーノ大将。
a0169844_19315792.jpg

[PR]
by voyager2art | 2011-06-12 19:34 | オペラ

のしかかる緊迫感/キーンリサイド & モナスティルスカ & パッパーノ/マクベス/ロイヤルオペラ

 ロイヤルオペラでヴェルディのマクベスを観た。相変わらずの無教養ぶりながら、僕はマクベスを読んだことはないし、このオペラを観るのも聴くのも初めて。マクベス役はキーンリサイド、マクベス夫人はキエフ出身のモナスティルスカ。直前にストーリーを調べて、どうやら相当な悲劇らしいということだけは理解して会場へ行った。

Giuseppe Verdi: Macbeth

Simon Keenlyside (Macbeth)
Liudmyla Monastyrska (Lady Macbeth)

Raymond Aceto (Banquo)
Steven Ebel (Malcolm)
Dimitri Pittas (Macduff)
Will Richardson (Fleance)



Antonio Pappano (Conductor)
The Royal Opera

The Royal Opera House, Covent Garden, London
24th May, 2011 (Tue) 19:30 -



 幕が上がると黒い衣装に赤いターバンという、変な格好をした人がたくさん舞台にいる。ネットで調べたストーリーでは三人の魔女というのが出てきたけれど、今日の演出ではこのたくさんの人たちがみんな魔女だった。何だか変わっているなあとのんきなことを考えていたのも、しかしここまで。このあと現れたマクベスとバンコーの迫力のある力強い歌唱に、一気に作品の世界に引き込まれる。そして圧巻はマクベス夫人のモナスティルスカ。どっしりした体格から繰り出されるとてつもない声量と、素晴らしい貫禄が生み出す圧倒的な存在感がすさまじく、脂ぎった野心に満ちたマクベス夫人を完璧に描き尽くす。
 しかも、声の大きさで威圧するだけではないところがこの人のすごいところで、「運命は下されなければならない。死んでしまえば権力も無に帰してしまう」と弱声で歌う部分のぞっとする凄み。まるで人の心の中の闇自体が、禍々しい光を帯びて妖しく輝くよう。知性と誠実さのかけらを心に残しているために自分の野心に盲目的には従い切れないキーンリサイドのマクベスと、絶妙の対比を見せていた。

 他の歌手陣も、バンコー役のライモンド・アチェートを始め高水準。パッパーノの指揮するオーケストラも素晴らしい演奏で、厚くてしかも強い芯の通った響きがドラマティックに舞台をもり立てる。合唱の厚みと圧力を感じさせる歌も素晴らしい。ヴェルディの音楽は後年のオテロなどに比べれば音楽それ自体の表現力は劣るのは否めないけれど、それでもパッパーノとオーケストラおよび合唱の素晴らしい演奏に支えられて、登場人物の心理を鮮烈に描写する。

 また、力強く切り詰められ、高度に抽象的な舞台セットと照明も非常に良かった。抽象的ではあるけれど、随所にインパクトのある象徴的なシーンがちりばめられていて、特に3幕で、殺されたバンコーが彼の軍勢とともに現れるところでは、その軍勢が全員金色の鎧に身を包み、暗闇の中を金色の馬に乗ってゆらゆらと行進するさまが極めて印象的で、神秘的な恐怖感すら感じるほどだった。
 音楽、歌、演技、舞台、照明、演出など、全ての要素が相俟って極めて強い緊張感が舞台を貫いていた。

 物語が進むにつれて主役二人の歌と演技はますます冴えてきて、マクベスとマクベス夫人の恐怖と狂気が亢進するさまをものすごい緊迫感で表現する。手に着いた血が取れないと夢遊状態になって狂気の世界を彷徨うマクベス夫人、魔女の言葉で自分を必死に支えつつ、恐怖に押しつぶされていくマクベス。人の心理の奥底の狂気を描いたというだけではなく、そこに人が宿命的に背負った人間臭い弱さも表現されていて、ともに圧倒的だった。

 これだけ強烈な印象を残す舞台は、ロイヤルオペラでもそうそう観られるものではない。本当に素晴らしかった。
[PR]
by voyager2art | 2011-05-25 08:54 | オペラ

死に際の饒舌/コッホ & ヴィリャソン & ロイヤルオペラ/ウェルテル

 ここ最近どっぶりと頭のてっぺんから足の先まで浸り切っていたバレエのマノン。そのあまりにも強烈な魅力の一端を担っているのが、麻薬のように精神に食い入って離れない、マスネの甘くて強い音楽。マスネってこんなにすごい作曲家だったのかと驚いて、行く予定のなかったこのオペラのチケットを買った。
 無教養な僕は当然ながらゲーテの原作(若きウェルテルの悩み)を読んだことがなく、慌ててWikiであらすじを確認する始末。でも確かに、オペラ向きのストーリー。そこにどんな音楽が付いて、どんな歌が聴けるのだろう。

 ちなみに会場に着いて配役表をもらって、今日の指揮者は誰かと確認するときに、音楽監督のバリー・ワーズワースかなとふと考えた僕。もう頭がすっかりバレエ色に染まっている。ワーズワースはロイヤルバレエの音楽監督。ロイヤルオペラの方はパッパーノだった。そのパッパーノの指揮なので、その点でも期待大。


Jules Massenet: Werther

Rolando Villazón (Werther)
Sophie Koch (Charlotte)

Audun Iversen (Albert)
Eri Nakamura (Sophie)
Alain Vernhes (The Bailli)

Darren Jeffery (Johann)
Stuart Patterson (Schmidt)



Antonio Pappano (Conductor)
The Royal Opera

The Royal Opera House, Covent Garden, London
14th May, 2011 (Sat) 19:30 -


 舞台は変なところのない、古典的なセット。ただ、舞台に対角線上にどんと壁を置き、空間が半分くらい使えなくなっているのは、最近バレエばかり観ている僕には新鮮に映った。そういえば、オペラってこういう舞台の使いかををするんだった。

 第1幕はウェルテルとシャルロッテの出会いの場面。シャルロッテを歌うコッホは上手いけれど、ウェルテルのヴィリャソンがいま一つ声が出ていない感じ。歌い回しは上手いけど、ここ一番で声が伸びない。ソフィー役の中村恵理さんは上手かったけど、この幕では出番が少ない。

 この1幕を通して思ったのは、音楽が全然魅力的ではないこと。マスネらしい響きに満ちてはいるけれど、マノンのように最初から最後まで聴き手の心を引きずり込んで放さないような魔力が全くない。パッパーノの指揮自体は素晴らしくて、バレエのときには決して聴くことのできない芯のある音色をオーケストラから抽き出していたんだけれど。
 バレエのマノンはオペラのマノンの音楽を一切使わず、マスネの他の作品から色々な音楽を集めてきたものなので、マスネの音楽の最上のところばかり取ってきたということなのだろう。ちょっとがっかり。


 第2幕はなんといっても中村恵理さん。ちょっと空気は読めないけど可憐極まりない、というソフィーを素晴らしい歌と演技で完璧に演じていて、とても印象的だった。ウェルテルも人妻になったシャルロッテにいつまでも懸想していないで、ソフィーと一緒になればいいのにと思う。というか、僕なら間違いなく最初からソフィーを選ぶ。そのくらい可憐なソフィー。テクニカルな面でも完璧な歌唱で、いやー、惚れました。

 第3幕からはヴィリャソンもようやく声が出てきて、コッホやアルベルト役のイヴァーセン(と読むのかな?)と対等に張り合えるようになってきた。ただヴィリャソンは、高揚してくるとフレーズや単語の頭に一瞬裏声が入り、泣きが入ったような歌い方になる。僕はこれが好きではないので、どうもヴィリャソンには好意的になれない。
 中村恵理さんの演じるソフィーはここでも空気の読めないキャラクターを爆発させていて、ストーリーの流れから言うとけしからん役なんだけど、そんなソフィーにますます萌える僕。

 マスネの音楽はこの3幕に入ってようやく密度が上がってくる。ただ、僕がこのオペラで決定的に好きになれなかったのは、最後の死の間際にあるウェルテルが、なぜかやたらと饒舌にしゃべり続けること。これには白けてしまった。
 死にそうなくせに元気にしゃべる役といえばトリスタンが筆頭だろうけど、トリスタンはイゾルデとの愛に取り憑かれて狂気の世界に入っているので、あれはあれで状況として成立している。でも、今日の舞台のウェルテルは、演技を観ていると瀕死の状態なのに、言葉はやたらと達者で粋な台詞を吐いている。オペラの台本が悪いのかヴィリャソンの演技に問題があるのか、一度舞台を観ただけでは分からないけれど、最後の一番いいところで白けてしまって中途半端な気分で家路についた。


 舞台が暗くて、写真を撮ってもぶれたのばかり。まともなのはこの一枚だけ。右から中村恵理さん(ソフィー)、コッホ(シャルロッテ)、パッパーノ(指揮)、ヴィリャソン(ウェルテル)。

a0169844_1912758.jpg

[PR]
by voyager2art | 2011-05-15 19:04 | オペラ

皇帝の花嫁/ロイター & グバノワ & ポプラフスカヤ/エルダー & ロイヤルオペラ

 久しぶりのオペラ。マーク・エルダーが指揮するリムスキー・コルサコフの皇帝の花嫁を観てきた。

Rimsky-Korsakov: The Tsar's Bride

Johan Reuter (Grigory Grigor'yevich Gryaznoy)
Vasily Gorshkov (Bomelius)
Ekaterina Gubanova (Lyubasha)
Marina Poplavskaya (Marfa)
Paata Burchuladze (Father of Marfa)


Mark Elder (Conductor)
The Royal Opera

The Royal Opera House, Covent Garden, London
18th April, 2011 (Mon) 19:00 -


 このオペラのストーリーを全く知らないままチケットを購入。あらすじはWikiの解説を読んで頂くとして、実際の上演で一番気になったのはやはり演出。舞台を完全に現代に置き換えている。写真はロイヤルオペラのものを拝借。
a0169844_862866.jpg

a0169844_865426.jpg

a0169844_872237.jpg

a0169844_932835.jpg

 古典作品の舞台を現代に置き換えること自体には僕は抵抗はないし、設定が今であれ昔であれ、そこから何が読み取れるかが重要だと思うけど、今日の舞台はなかなか意図がわからない。冒頭は小ぎれいなレストランで、ロイターの演じるグリゴリーが、血の付いたシャツを着ている。彼の前には、椅子に縛り付けられ、頭に布をかぶせられた血まみれの男がいる。この男はじきに死に、大きな箱に入れられて運び去られ、そのあとはマフィアのようなメンバーが集まって宴会が始まる。最初からヴァイオレンスのにおいがきな臭く漂う。
 第二幕も治安の悪そうな、薄汚れた街の一角で、不穏な空気に満ちた舞台。皇帝の親衛隊は、もともとの歌詞でも「あいつらは犬以下だ」と庶民から罵られてはいたけれど、もう完全に現代のギャングとして現れる。

 僕はここまで観て、皇帝をマフィアのボスに置き換えて物語を作り直しているのかと思った。でも、そうするとデュナーシャの母親が、自分の娘が皇帝の花嫁候補に選ばれたことに興奮して喜んでいる理由がわからない。
 全体として筋が通らず、しばらく観ていて居心地が悪かった。でも皇帝の使者がマルファのもとに来て、マルファが花嫁に選ばれたことを伝えるときに、「全ロシアを統べる皇帝が・・・」を口上を述べ始めたときに、ふとこれは現在のロシアの権力者を皇帝という設定にしているのではないかと思った。そうすると、内容の是非はともかく、この演出がロシアの権力者批判という図式になっているということで辻褄が合ってくる。ただしこれが本当に演出家の意図なのかどうかは僕には自信がない。

 ただ、もともとこのオペラの筋書きが社会的な事柄を題材にしたものではなく、極めて個人的で濃密な愛憎劇になっているので、どうしても物語がそちらに引っ張られる。従って、この物語を現代的な演出にしたこと自体のインパクトが脇へ押しやられてしまう。僕はこの演出のアイデア自体は面白いと思ったけれど、画期的な結果となったとも思えない。

 今日の歌手陣は、マルファを歌ったポプラフスカヤが音程が安定しない場面がところどころにあったのが残念だったのと、マルファの父親役のブルチュラーツェは歌い方が不自然に大げさだったのが気になった。でも全体としては高水準で、グリゴリーを歌ったロイターをはじめ、特に男性陣の歌が非常に良かった。
 また、エルダーの指揮するオーケストラも素晴らしい音を出していた。本当に同じオーケストラなのかと疑うほど、バレエのときと音が違う。頼むからバレエでもこれくらい気合を入れて演奏して下さい。


 でも、僕が今日の舞台を観て本当に問題だと思ったのは、何よりもオペラの筋書き自体。誰も幸せにならず、登場人物の全員が不幸と絶望の底に沈んでいく物語には救いが全くなくて、いくらオペラとはいえこれはどうかと思った。人間の醜さや愚かさに焦点を当てること自体は芸術になくてはならない視点だとは思うけれど、とはいえ僕はここまで絶望的になれる人間ではない。そこに何か救われるような要素がほしかった。重苦しいオペラだった。
[PR]
by voyager2art | 2011-04-19 08:10 | オペラ

パッパッパッ!/デイヴィス & ロイヤルオペラ / 魔笛

 昨日に続いてロイヤルオペラハウスへ。今日は昨年末のタンホイザー以来のオペラで、楽しみにしていた魔笛。実は今日はロンドンフィルがマーラーの大地の歌を演奏する日でもあって、後から気付いたけど仕方ない。何といっても魔笛。しかも指揮はコリン・デイヴィス。

 会場に着くと出演者変更のお知らせが。夜の女王を歌うジェシカ・プラットが病気で降板し、代役にコルネリア・ゲッツが出演するとのこと。幕が開く前のアナウンスによると、何とゲッツは今日の朝の便でドイツからロンドンに飛んできたらしい。プロフィールを見ると夜の女王をメットやベルリンを含むあちこちで歌ったとあるけど、とはいえこんな急な交替で大丈夫なのかと不安もよぎる。出番は少ないけど、言わずと知れた超絶技巧アリア(だけ)を歌う役。頑張って!

 ちなみにデイヴィスもここ数回、病気での降板が続いていたらしい。短期で復帰してくれるのか心配だったけど、無事に戻ってきてくれて、結論から先に書くと、観客を目一杯幸せにしてくれる素敵な素敵な魔笛を演奏してくれた。



Wolfgang Amadeus Mozart: Die Zauberflöte

Tamino: Joseph Kaiser
Pamina: Kate Royal
Papageno: Christopher Maltman
Sarastro: Franz-Josef Selig
Queen of the night: Cornelia Götz
Papagena: Anna Devin
Monostatos: Peter Hoare


Colin Davis (Conductor)
The Royal Opera House

19/Feb/2011 (Sat), 19:30 -



 幕が開く前の序曲から、オーケストラの音が昨日と全然違う。ロイヤルオペラハウスのオーケストラはとても上手なんだけど、バレエのときは実力を出し切って演奏しないことが多い。ほぼ毎晩何かやっているので仕方ないし、もちろん力は抜いても手は抜かずにちゃんと演奏はしているんだけど、これがオペラの伴奏となると、特に難曲になればなるほど、彼らは驚くような実力を発揮する。その彼らが本気でモーツァルトを演奏すると、もう本当に素晴らしい。厚めの響きでいきいきと表情豊かに、でも今日は魔笛だから非日常の荘厳な雰囲気も出して、とても魅力的な音楽が奏でられる。

 デイヴィスの指揮もとても良かった。去年観たフィガロの結婚のときは、肉太で明快、快活な演奏だったけど、今日はもっと優しくて柔らかい音楽。話が進むにつれて様々な登場人物が現れ、色々なエピソードが展開されるけど、常に彼は懐の深い伴奏をつける。タミーノやパミーナ、ザラストロらの「善玉」もいれば夜の女王やモノスタートスもいて、一方でパパゲーノとパパゲーナがいて、そういう色々な登場人物をすべてひっくるめて人間として愛する、そういう深い慈愛に満ちた音楽。

 デイヴィスの暖かい音楽に乗って歌う歌手陣も本当に良かった。タミーノとパミーナは二人とも声量も表現力も容姿もすばらしかったし、ザラストロの威厳と賢明さを備えた存在感もとても良かった。でも誰よりも惹かれたのがパパゲーノ。僕はパパゲーノのような生き方が絶対にできない性格なので、よけいにパパゲーノを見ていると楽しくて幸せになる。パパゲーノ役のマルトマンは演技力抜群で、笑いをたくさん誘いながら、人間的にもとても魅力的なパパゲーノを演じてみせてくれた。

 心配していた夜の女王は、やはり喉の準備期間が短すぎたのだろう、他の歌手に比べて明らかに声が出ていなかった。超絶技巧のアリアでも無理やり声を出している感じ。それでもあのアリア2曲を破綻なく歌ったのはすごいことだし、特に第2幕の「復讐の炎は〜」のアリアの方は第1幕より声も自然になって、よく乗り切っていた。お客さんからも盛大に拍手とブラボーが飛んでいた。

 今日の舞台を見ていて、僕はただただひたすら幸せだった。パパゲーノとパパゲーナが、幸せ一杯に有名な「パ、パ、パ」の歌を歌うところでは、なぜだかよくわからないけど泣きそうになるくらい幸せな気持ちになった。シカネーダーの楽しい台本にモーツァルトがこの上なく美しい音楽を書き、それを役者ぞろいの歌手陣が、デイヴィス率いるロイヤルオペラのオーケストラに乗って歌う。紛れもなく至福の一時。

 今日はもう、これ以上何も書くことがない。
[PR]
by voyager2art | 2011-02-20 09:56 | オペラ

まあいいか/ロイヤルオペラ・タンホイザー

R. Wagner: Tannhäuser (1875 version)

Semyon Bychkov (Conductor)

Michaela Schuster (Venus)
Johan Botha (Tannhäuser)
Eva-Maria Westbroek (Elisabeth)
Christian Gerhaher (Wolfram von Eschinbach)
Christof Fischesser (Herrmann, Landgrave of Thuringia)

Tim Albery (Director)
Jasmin Vardimon (Choreography of Venusberg Scene)

Royal Opera Chorus
Orchestra of the Royal Opera House

2010年12月11日(土) 18:00 -
The Royal Opera House


 7月に観た椿姫以来、約5ヶ月ぶりのオペラ。この秋から冬にかけてのシーズンは、ロイヤルオペラで目立ったオペラ公演が少なく、このタンホイザーはほぼ唯一と言ってもいい目玉の演目。当然ながらチケット争奪戦も熾烈で、発売と同時に安い席は売り切れ。半ば諦めていたけど、先日何気なくロイヤルオペラのサイトを見ているとリターンチケットで比較的安いのを発見。即座に買った。

 ちなみにワーグナーのオペラは長いので、観に行くときはしっかりとこっちも体調を整えていかないと根負けしてしまう。昨日の夜は会社の同僚と忘年会で、午前3時まで飲んで今日に備えましたよ。

 序曲に続いて、最初はヴェーヌスベルクのシーン。エリザベートの格好をした女性がコートを脱ぐと、下にはセクシーなドレスを着ていて実はヴェーヌスだった、というところから始まる。舞台は極めてシンプルで、大道具はヴェーヌスベルクの大きな門があるだけで、背景は黒一色。
 タンホイザーをはじめ、若い男性が次々とヴェーヌスベルクの女性達に誘われて、ヴェーヌスベルクに入っていく。現代の大都市における風俗街での一コマ、という感じ。中では男女が派手にとんだり跳ねたり踊ったり、やたらと元気で騒々しい。完全に若い白人たちのパーティー。
 一方、それに続くタンホイザーとヴェーヌスのやりとりは、ちょっと中年不倫カップルの別れ話っぽい。でも、張りのある声のタンホイザーと、艶と色気のあるヴェーヌスの歌声はとてもいい。一方で、ヴォルフラムはちょっと声が弱くて頼りないな、と第一幕では感じた。
 オーケストラの演奏は、ビシュコフの熱い指揮の下で本気を出していた。鳴らすところは鳴らし、歌を支えるところは支え、繊細さとスケールの大きさと表現力の深さが素晴らしい。難曲ほど冴えを見せるロイヤルオペラのオーケストラの、まさに本領発揮。

 次の第二幕で出てくるエリザベートは、まっすぐな声で芯の通った歌唱と、表現力豊かな演技が際立っていた。ただ、この第二幕でよく分からなかったのが舞台設定。瓦礫の散乱する廃墟で歌合戦が行われ、それを取り巻く観客たちは、まるでカフカスかどこかの山岳地帯に住む、反政府武装勢力の人々という感じ。男たちはマシンガンを手にし、女たちは粗末な服装で男たちを支えているという感じ。華やかさは全くなくて、厳しく辛い生活の中での、年に一度の素朴な祭りという風情。第一幕でヴェーヌスベルクを現代の風景として描写したのと対比しているのだろうけれど、意図がどうも分からない。分からないけれど、直感的に偽善的な胡散臭さを感じる。
 それでも合唱は上手いし、何よりも歌合戦でのヴォルフラムの歌が、芯の通った強い声で、第一幕の印象は完全に覆された。この人は強い声と弱い声の声質が全く違っていて、それを本当に上手く使い分けていた。

 それにしても、第二幕で描かれる「愛の本質」というのが、僕には本当にブッ飛んでいるとしか思えない。愛とは純粋なものだとヴォルフラムが歌うと、愛とは抑えようのない情熱だとタンホイザーが反論する。まあこの辺までは正直どっちでもいいような範囲なので平和なんだけど、その後タンホイザーがヴェーヌスベルクにいたことを明かし、その場にいた全員から激烈に非難され、まさに殺されかけたそのときに、エリザベート(念のためストーリーを書いておくと、エリザベートはタンホイザーを愛していたのにタンホイザーは彼女を捨ててヴェーヌスベルクで官能に溺れ、やっと改心して戻ってきたのに、歌合戦ではエリザベートの目の前でヴェーヌスを讃える歌を歌って、エリザベートの心を踏みにじる)が彼の助命を懇願し、彼の更正を祈る。
 ワーグナーの本心がここにあるのは明白で、要するに何度裏切られても相手を思い続けることこそが本当の愛であり、愛の本質だと言っているわけだ。でも、それって身勝手なだけなんじゃないのか? 自分は相手を裏切っても、相手には自分を裏切らないことを要求するのか?? 一方のエリザベートの方も、タンホイザーに示している愛というのが、究極の本質的な愛というのではなくて、なんとなく狂気の世界の産物という気がしないでもない。

 でも、ひたすらタンホイザーの救済を願うエリザベートと、彼女への愛を抱きながらも自分の心の弱さに負けて、繰り返しエリザベートを裏切ってしまうタンホイザーを見ていると、これはこれで倒錯した愛の形として完成しているのかと思えてきてしまう。
 ちょっと可哀想なのがヴォルフラムで、彼もエリザベートに恋心を抱きながら、エリザベートの心はタンホイザーに向かっているし、そのタンホイザーは二度までもエリザベートを裏切った揚句、法皇から赦しを得られずにまたヴェーヌスベルクを戻ろうとする始末。その友人を何とか押しとどめようとするけれど、彼の力は及ばず、結局タンホイザーはエリザベートの死によってようやく救われる。好きになってはいけない人を好きになり、関わってはいけない人に関わってしまった、真面目で誠実な人の悲劇。

 ということで、観ていて愛の本質の話なのか狂気の愛の話なのか全く判断できなくなってしまったけれど、穴のない歌手陣の素晴らしい歌と迫力のある合唱、ダイナミックで雄弁なオーケストラの演奏に、最後はなんだか分からないままに乗せられて高揚してしまう。これが果たしてハッピーエンドなのかどうかなんてことも、もうどうでもよくなる。結局最後までワーグナーの術中にはまったまま、いいようにしてやられてしまった。
 まあいいか。

 
[PR]
by voyager2art | 2010-12-12 10:00 | オペラ

ロイヤルオペラ/椿姫

La Traviata (Giuseppe Verdi)
The Royal Opera, Covent Garden, London

7月11日(日)18:30 -

指揮:Yves Abel

出演:
 Violetta: Angela Gheorghiu
 Alfredo Germont: James Valenti
 Giorgio Germont: Željko Lučić
 他

 僕にとっては今シーズン最後の演目となる、ロイヤルオペラの椿姫。主役の椿姫を歌うゲオルギューは、以前日本でも同じ役で聴いたことがあった。そのときはオーケストラが音楽学生による臨時編成で全く練習ができておらず、失望した記憶がある。歌手陣もゲオルギュー以外はぱっとせず、舞台も貧弱とあって全く感心しなかった。当のゲオルギュー自身も、そのせいか余り印象に残るような出来ではなかったように思う。

 前奏曲に続いて幕が開くと、かなり陰影の深い引き締まった舞台。そこに佇むゲオルギューはやはり舞台映えする美人。ところがパーティーが始まって人が集まり、合唱に続いて聴こえてきたゲオルギューの声が細い! はじめ誰か他の脇役が歌っているのかと勘違いしてしまったほど、弱々しくて存在感のない声だった。そして現れたアルフレード、彼もまた、声がどうにも頼りない。冒頭の見せ場かつ聴かせどころである乾杯の歌は、合唱がしっかりしていたので一応さまにはなっていたけれど、なんとも盛り上がらない。
 その後二人が愛を語り合い始めるところから次第にゲオルギューの声が出てきたので少し安心はしたけれど、何だか力づくで無理矢理声を出しているような感じで、感情の表現がどうとかいうところまでいかない。結局中途半端なまま、第一幕は終了。

 休憩を挟んで第二幕。冒頭のアルフレードが、前幕とは打って変わっていい声で歌いはじめたのでちょっと驚く。休憩時間中もずっと歌っていたのだろうか。
 しかしこの幕をリードしたのは、アルフレードの父、ジョルジョ・ジェルモンを歌ったルチッチだった。よく響く太い声と威厳に満ちた存在感で、舞台に素晴らしい芯のある重みをもたらした。
 僕は今まで、この父ジェルモンという人物は、自分の娘可愛さにヴィオレッタにアルフレードとの別れを強いる、身勝手で旧弊に凝り固まったような、嫌な人物という捉え方をしていたのだけれど、ルチッチの威厳あふれる演技を見ていると、善し悪しはともかく、(上流)社会の決まりを無視して、若気の至りで娼婦と駆け落ちしたアルフレードの方が身勝手な若造と見えてきて仕方ない。アルフレードを歌うヴァレンティがまた、その思慮の足りない若者、というのにぴったりの雰囲気を持っていて、ますます父ジェルモンが立派に見えてくる。
 普通DVDなんかだとアルフレード役を大物テノールが歌うことが多いので、こういう印象にはならないのだけれど、歌手の力量のバランスが変わると見え方ががらりと変わってしまう。
 ちなみに第二幕からはゲオルギューも素晴らしい声を聴かせてくれた。ただ、悲しみの表現がちょっとあざとく、聴いていて今ひとつ感心しなかった。
 第二幕の後半、再びパーティーの場に戻ったヴィオレッタと、彼女を追ってきたアルフレードが再開する場面でも、パーティー客の前でヴィオレッタを罵倒したアルフレードを叱る父ジェルモンが、またしても舞台の主役となっていた。


 最後の第三幕。ここはさすがにゲオルギューが聴かせ、泣かせる。変な褒め方かもしれないけれど、ゲオルギューは病人の演技がとても上手だった。
 自身に残された時間が数時間しかないことを悟った彼女の、焦燥と諦念と絶望の間で揺れ動く心の内を見事に歌っていて、見ているこちらも固唾をのんで物語に引き入れられる。アルフレードと父ジェルモンが登場してからは、まさに死の間際の異常な緊張感と切迫感が舞台に満ち満ちて、極めてドラマティック。最後にろうそくの火が一度明るくなってから突然消えるようにヴィオレッタが息絶える部分も激しく能動的で、強烈な幕切れだった。

 第一幕の印象が良くなかったので100点とはいかないけれど、結局最後は納得させられてしまう、そんな舞台だった。
[PR]
by voyager2art | 2010-07-12 07:18 | オペラ


ロンドンを起点に、音楽、写真、旅などについて書いていきます。メールは voyager2artアットマークgmail.comまでお気軽にどうぞ。


by voyager2art

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
オペラ
オーケストラ
ピアノ
室内楽
器楽
バッハ平均律1巻
バレエ
ジャズ
写真
絵画
演劇
雑感
楽譜

旅行記
旅行情報
旅行下調べ

その他
未分類

最新の記事

こっそりとお知らせ
at 2012-04-10 06:02
このブログを終了します
at 2012-03-01 06:35
超期待!の若手/ブニアティシ..
at 2012-02-26 02:18
寄り道香港
at 2012-02-14 07:13
京都
at 2012-02-13 04:54

最新のトラックバック

Debussy & Sz..
from MusicArena
Brahms: Vn-C..
from MusicArena
音遊びをする人たち シベ..
from miu'z journal ..
どんちゃん騒ぎのカタルシ..
from miu'z journal ..
LSO/ティルソン=トー..
from LONDON BORING ..
例えばE=mc2の美しさ..
from miu'z journal ..
フィルハーモニア管/マゼ..
from LONDON BORING ..
ロイヤルオペラ/『三部作..
from ロンドン テムズ川便り
久しぶりに上手いオーケス..
from miu'z journal ..
新しい注目株の予感
from miu'z journal ..

以前の記事

2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧