カテゴリ:器楽( 2 )

アジアの風/アリーナ・イブラギモヴァ & セドリック・ティベルギエン

Alina Ibragimova (Violin)
Cédric Tiberghien (Piano)

2010年11月23日(火) 20:00 -

Debussy: Sonata for Violin & Piano
Lekeu: Sonata for Violin & Piano in G major
Ravel: Sonata for Violin & Piano (1923-7)
Ravel: Sonata for Violin & Piano (1897)
Ravel: Tzigane

Wimbledon Music Festival 2010
St. John the Baptist Church, Wimbledon, London


 ヴァイオリンのアリーナ・イブラギモヴァとピアノのセドリック・ティベルギエンによるデュオリサイタル。フランス音楽だけのプログラム。
 この演奏会も行くかどうか迷った。僕はドビュッシーとラヴェルの音楽が大好きなので、曲目で迷ったわけではない。演奏者も、いつもこのブログに来て下さるzerbinettaさん一押しの二人なので前からとても興味があった。(そもそも彼女のブログのおかげでアリーナ・イブラギモヴァというヴァイオリニストのことも、今回の演奏会のことも知った。)問題だったのは会場。この演奏会はロンドン南西部のウィンブルドンで開かれている、ウィンブルドン音楽祭のイベントの一つで、一方の我が家はロンドン北部にあるため、かなり遠い。更にこの演奏会の開始時間は8時と遅めなので、家に帰り着くのは日付が変わる頃になるかもしれない。
 とはいえ、一日くらい寝不足(朝寝坊か?)の日があっても、それでいい音楽が聴けるなら行くしかない。迷い始めて3時間後くらいにはチケットを買っていた。


 一曲目のドビュッシーの冒頭で、彼女が非常に表情豊かに歌うタイプの演奏家であることが分かった。ドビュッシーの後期の曲と言えば、表情の豊かさよりも音楽の純度がどんどん高まっていくという印象があるけど、彼女はそこに再び豊かな歌心を持ち込んでくる。彼女の歌は、はっきりした音色で非常に伸びやかに歌うのが印象的だった。第2楽章までは、ときどき何となくアットホームな雰囲気になることがあって、それがこの二人の演奏の特徴なのかと思っていたけれど、どうやらこのあたりまでがウォーミングアップだったらしい。第3楽章で音楽のスケールがぐっと広がり、一気に情熱的な表現に変わった。彼女の体中から音楽がほとばしり出てくる。彼女の写真を見ていると可憐で控え目そうな印象を受けるのに、実際の演奏は熱い熱い。ティベルギエンの端正なピアノを土台にして、自由奔放に駆け巡る。そして更に素晴らしいのが、それだけ自由に音楽を歌わせながら、全体的な音楽の表現としては素直な品のよさがある点。音楽がくどくなることは決してない。
 ちなみにピアノのティベルギエンは明るい響きと端正な演奏が持ち味のように思えた。ドラマティックな表現はできるけど、何かに取り憑かれたようなデモーニッシュな演奏をするタイプではない気がする。情熱的なヴァイオリンを堅実に支えていた。

 二曲目のルクーのソナタは初めて聴く曲。第1楽章は名演。音楽自体がドビュッシーよりも遥かにシンプルにドラマティックなので、情熱的な彼女の演奏スタイルが、曲と完全に一致していて、この日の演奏会の中でも指折りの素晴らしい演奏だった。表現の陰影は深く、芯の通った強い音色で自由に情熱的に歌い上げる。この第1楽章に比べると第2楽章はややおとなしい演奏になってしまった。静かな歌になると彼女が自身の最大の持ち味を発揮できずにもどかしいという感じ。音楽は静かなのに、彼女の情熱的な音楽的本能が、前に前に向かおうとする演奏をせずにはいられない。そのギャップがネガティブな方に出てしまって、方向感の定まらない演奏になったように思う。
 初めて聴く曲だったので第3楽章はあまりはっきり覚えていないけど、再び情熱的な演奏になっていたように思う。ピアノもヴァイオリンにつられて表現の幅がかなり広がっていたような印象がある。ひとつだけはっきり覚えているのは、彼女が弾いていなかったらこのソナタは果たしてここまでおもしろい曲だったかどうか、よく分からないと思ったこと。そのくらい、彼女の個性が強く出た演奏だった。ルクーのソナタを聴いたというより、ルクーを弾くアリーナ・イブラギモヴァを聴いたという感じ。


 休憩後はラヴェルの晩年のソナタから。第1楽章は、音楽と彼女の演奏が少し噛み合っていない感じ。随所に節回しの上手さは聴こえてきたし、音楽をぐっと盛り上げるところでは彼女のいいところが出てくるけれど、何だかラヴェルっぽくもなく、彼女としても不発という印象。
 次の第2楽章は、ラヴェルがジャズを採り入れて書いた曲。僕の中では、「ジャズの香りのするラヴェルの音楽」だったこの曲を、アリーナ・イブラギモヴァは「ラヴェルの香りのするジャズ」としてとても刺激的な演奏をした。これがなかなか面白くて、教会の中での演奏なのに派手なネオンが輝くジャズクラブのような雰囲気になった。この日のお客さんは年配の方が多かったので、余計にそのギャップが面白かった。ただ、この楽章でも彼女は全力疾走させてもらえずにうずうずしているようなところがあったように思う。
 そのため、最後の第3楽章はもうアクセル全開。クープランの墓(ピアノ版)のトッカータのように、延々と休みなしに極めて高度な技術と音楽性が要求されるこの曲を、一気呵成に、そして彼女らしく熱い歌で弾ききった。これはもう文句無しの満点の演奏。

 次のソナタはラヴェルの若い頃の単一楽章のソナタ。僕は晩年のソナタよりこっちの方が好きだ。
 第1主題はかなり速いテンポでびっくり。ちょっと急ぎすぎているような印象も受けた。彼女らしいといえば彼女らしいけど、僕にはやや勇み足のように感じられた。第2主題になると少しテンポが落ち着く。伸びやかな旋律の歌わせ方は彼女らしくてよかったけれど、この曲の切なさや透明感のある感傷を表現するには、それでもまだちょっと元気が良すぎたかもしれない。
 ただし展開部に入って、大きな鳥が大空をゆっくりと滑空するような、ゆったりとした極めて美しい旋律が現れる部分があって、この部分での、強めの音色を効果的に使った息の長い歌わせ方は素晴らしかった。彼女の弾く旋律に僕も乗せてもらい、一緒に天高くまで連れて行ってもらった感じだった。あと少しだけ音楽に余裕を持って、寂寥感のようなところまで表現してくれたら本当に素晴らしい演奏になったんじゃないかと思う。

 最後はツィガーヌ。彼女の個性からしてこの曲が彼女に合わないはずはないので、こちらも期待が高まる。今まで僕はこの曲を、「チャルダッシュの香りのするラヴェルの音楽」と捉えていたけど、この曲の演奏が始まるときには「ラヴェルの音楽の香りのするチャルダッシュ」になるだろうと見当をつけていた。そして、実際の演奏はその通りであったと同時に、一般的なチャルダッシュのイメージをも超えた素晴らしいものだった。
 彼女はこの曲を暗譜で弾いた。最初の音から、それまでとは音色が全く違っていて力強く、この曲にかける意気込みがはっきりと伝わってくる。どの旋律も全く迷いなく、揺るぎのない自信を持って演奏する。力強く、情熱的でありながら伸びやかで明瞭。しかも素晴らしい音楽的直感をほとばしらせながら、相変わらずそこに恣意性は全く感じられない。
 僕がこの演奏で何よりも感銘を受けたのは、そのイマジネーションの豊かさ。彼女の演奏を聴いていて、僕の脳裏にはっきりとアジアの遊牧民のいる風景が浮かんできて、顔に爽やかな中央アジアの風すら感じた。よく知られている通り、ハンガリーのマジャール人はアジアの騎馬民族の末裔で、その音楽からアジアを感じでも何の不思議もないのだけれど、僕は今までチャルダッシュを聴いてアジアを思ったことは一度もなかった。それなのに、彼女の演奏を聴いていると、かつてバックパッカーをやっていたときに訪れた中央アジアの風景を明瞭に思い出した。この曲でこういう演奏は、ちょっと他にないのではないだろうか。僕の大切な時間を想い起こさせてくれる演奏で、極めて個人的で素敵な体験だった。
 写真はバックパッカー時代に撮ったもの。まさかこの写真をこのブログに貼る日が来るとは思わなかった。


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 アンコールはフォーレの名による子守唄。ツィガーヌを弾き終わって肩の力が程よく抜けたのか柔らかい表情で、この日の中で一番「ラヴェルらしい」演奏だったように思う。

 以上、色々と書いたけれど、僕はこの演奏会をとても楽しんだ。いい意味で若さ溢れる演奏で、彼女は今しかできない演奏を、全力で演奏していた。彼女にはこれからもどんどん色んな音楽を演奏してほしいと思うし、その演奏を聴いていきたいとも思う。
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by voyager2art | 2010-11-25 05:05 | 器楽

プロムス/ウェイン・マーシャル パイプオルガンリサイタル

Prom20
2010年8月1日(日) 16:00-
The Royal Albert Hall

曲目:
リヒャルト・ワーグナー作曲/ウェイン・マーシャル編曲
- ニュルンベルクのマイスタージンガー 第1幕への前奏曲
- タンホイザー序曲

ウェイン・マーシャル
「トリスタンとイゾルデ」の主題による即興演奏

リヒャルト・ワーグナー作曲/ウェイン・マーシャル編曲
- ワルキューレの騎行

 パイプオルガン界の若手のホープ、と演奏会でアナウンスのあったウェイン・マーシャルによるパイプオルガンのリサイタル。同じアナウンスによると、ロイヤルアルバートホールのパイプオルガンは世界最大規模とのことで、1万本のパイプを持つこのオルガンは「ワーグナーの華麗なオーケストラの世界を再現するには最適」。

 最初のニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲は、冒頭の和音の大音響に驚く。が、その後は頻繁な音色の切り替えのためかリズムが致命的なまでに崩れる上に、それぞれの和音が充分に響かないので、聴いている側は実はその大音響を持て余す。この曲は明解な印象とは裏腹にかなり複雑な構成になっている。僕は何度もこの曲を演奏したことがあるので奏者の意図が理解出来たけど、演奏としてはその意図が充分に実現されていたとは言い難い。この曲を初めて聴く人には、拍子などの音楽の基本的な構造すら理解できなかったのではないかと思う。
 続くタンホイザーは、比較的単純な構成でテンポも穏やかな部分が多いのでかなり聴きやすかった。音色の変化も効果的で、ワーグナーの旋律と和声の魔力を十分に楽しめる演奏だった。

 次の即興演奏はかなり面白かった。主題こそトリスタンとイゾルデ冒頭の旋律を用いているものの、和声や構成などは完全に演奏者の即興。いわゆる現代音楽になってはいたけれど、トリスタンで通常想像する音楽に比べると随分爽やかな音楽で、しかも充分な深みを持っていた。
 最後のワルキューレの騎行はかなり速いテンポで突き進む。オルガンという楽器の物理的特性なのか、低音域になるほどどうしても発音のタイミングが遅れ、こういう機動力の求められる音楽ではその発音のずれが無視できなくなってくる。それでも、演奏者自身も調子が出てきたようで、パイプオルガンの演奏としてはかなり優れたものだったと思う。

 演奏が終わってもまだ演奏者の興奮が収まらなかったようで、すぐにアンコールを弾いた。曲は直前に弾いたワルキューレの騎行に基づく即興演奏で、途中にトリスタンの旋律も聴こえてきた。このマーシャルという人は余程即興演奏を得意としているらしく、このアンコールはこの日の演奏会の中でも一番刺激的で面白い音楽となっていた。いちどこの人の即興演奏のみのコンサートがあれば行ってみたい。
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by voyager2art | 2010-08-07 20:20 | 器楽


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