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ロイヤルオペラハウス/歌劇「タメルラーノ」(ヘンデル作曲)

Tamerlano (George Frideric Handel)
The Royal Opera, London

3月11日(木)18:30-

(キャスト)
Andoronico: Sara Mingardo
Bajazet: Kurt Streit
Tamerlano: Christianne Stotijn
Asteria: Christine Schafer
Irene: Nerata Pokupic
Leone: Vito Priante


 久しぶりのロイヤルオペラでのオペラ観劇。もともとバロックオペラにはあまり興味がなかったけれど、今回はキャストに惹かれてチケット購入。実はこの公演、もともとは三大テノールの一人ドミンゴが歌う予定だった.ところが直前になって健康上の理由で彼は出演を取りやめてしまった。腹部に手術まで受けたそうで、一刻も早く回復してほしいところだ。
 そういう経緯のため、あまり演目自体に興味も予備知識も無い状態だったけれど、予想もしていなかった素晴らしい舞台だった。

 オーケストラは小ぢんまりとした編成で、数点の特殊なピリオド楽器とピリオド奏法を取り入れていた。非常に品のある演奏で、さすがという感じ。タメルラーノとアンドロニコの二人は、恐らく作曲当時はカウンターテナーが歌っていたのだろうと思うけれど、この日は女性のアルト歌手が演じていた。技巧的に難度の高い歌が多く、少し不安定になる部分もあったけれど、全体的にはよく歌っていた。声を張り上げるようなことは全くなく、こちらも品のある歌い方。ロマン派以降のオペラに慣れてしまうと、声もオーケストラも極限まで突き詰めたような表現が当り前と思っていたので、こういう慎ましやかなオペラがあるということに驚く。とはいえ、オペラとしての表現力が足りないということは全くなく、むしろバロックの書法からシンプルながら豊かで繊細な表情が溢れ出てくる。

 また、特筆すべきはこの日の舞台と演出の面白さ。白を基調とし、円と球で構成された舞台は極めて現代的でありながら音楽とも見事に調和し、このオペラ全体に引き締まった表現を与えていた。また、歌手達とは別に「バックダンサー」達がいたが、彼らは非常にゆっくりな、そしてやはり現代的な不思議な動きでストーリーを支える。彼らを観ているとまるで現場をスローモーションで見ているような印象で、一方で歌手達はリアルタイムに動いて歌っているので、同時に二つの時間が流れているように見える。これにより、歌手の独唱が深みのあるモノローグとしての手応えを生むことになる。
 歌手の衣装も舞台に合わせてモノクロが基本。ただし、ストーリーの中でごく稀に一人が原色の衣装を着ることがあり、その鮮烈さが際立つ。この舞台・演出の引き締まった表現が音楽と一体化し、総合芸術としてのオペラの奥深さを実感させる出来だった。

 このオペラ、実際に観ているととにかく長い。字幕の無かった作曲当時、多分観ている人が歌詞をきちんと聴き取れるようにという配慮からなのだろうけど、同じ歌詞をその都度3回くらい繰り返す。でも観ていて長過ぎると思うことは一切無かった。切々と歌うモノローグ、シンプルにして緊迫感のある怒りの表現、絶望感に満ちた深い悲しみの表現など、ヘンデルの音楽が素晴らしい。また、ときにフラウト・トラヴェルソ(フルートの前身にあたる古楽器)とリコーダーの四重奏なども挿入され、その古楽の響きの豊かさと新鮮さに耳を奪われる。

 この日の歌手のうち、タメルラーノ、アンドロニコ、アステリアの三人はバロックらしい端正な歌い方。ドミンゴの代役(相当なプレッシャーだろう!)のクルト・ストレイトはもう少しドラマティックな歌い方で、イレーネは完全にロマン派的な歌い方だった。このオペラは当然バロックオペラなので、全員が端正に歌うのがふさわしいと普通は思うところだけれど、こうして少し枠をはみ出たような歌手がいることで、むしろ芸術としての奥行きが深まり、彩りが増していたように思う。こういうところに、僕は芸術の懐の深さを感じずにはいられない。
 ちなみに、予定通りドミンゴがバヤゼットを歌っていたら,彼の一人舞台になってしまって印象はずっと違っていたのではないかと言う気がする。もちろん彼の歌はとても聴きたかったのだけれど、ひとつのオペラ公演として、この日の歌手陣は完璧なバランスを作り上げていたことは指摘しておく必要がある。

 こういう舞台を見ると、技法の進化と芸術の深化は全く別だと納得せざるを得ない。人の創造力は技法の制約を受けず、だからこそクラシック音楽という「古い」芸術が今も鑑賞され続けている。芸術の深みを再認識した一夜だった。
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by voyager2art | 2010-03-24 07:51 | オペラ

マウリツィオ・ポリーニ ピアノリサイタル

2010年3月1日 Roya Festival Hall, Southbank Centre International Piano Series
19:30 -

曲目:
ショパン
24の前奏曲集 Op.28
-
バラード第1番 ト短調 Op.23
二つの夜想曲 Op.27
練習曲集 Op.25より抜粋
 第1番「エオリアン・ハープ」
 第2番
 第3番
 第4番
 第7番
 第10番
 第11番「木枯らし」
 第12番


 ポリーニによるオール・ショパン・プログラム。先週のツィメルマンに続き、ショパン生誕200年を記念した演奏会で、先週と同様に二説あるショパンの誕生日のうちの一つにあわせて開催された。
 ポリーニは今更言うまでもなく、現代のクラシック音楽界に君臨するピアニスト。1960年のショパンコンクールで18歳で優勝し、その後約10年の研鑽期間を経て楽壇に復帰後は一気にピアノ界の頂点に登り詰めた。その楽壇復帰の際に発表された2枚のレコードは今も色褪せることのない名盤で、一枚がストラヴィンスキーのペトルーシュカ他の近現代の曲を集めたもの、そしてもう一枚がショパンの練習曲集。共に圧倒的な技術で難曲を完璧に弾き切っていて、決定版としての評価をほしいままにするとともに、「ポリーニ=完璧な演奏をするピアニスト」という評価を定着させることになった。
 今回の演奏会にはその練習曲集の中の何曲かが含まれていて、当然ながら聴く側にとっては今の(68歳の)ポリーニがどういう演奏をするか、極めて興味深いところだった。

 ちなみに、ポリーニを聴くのは今回で5回目だったけれど、実は不安が無かったわけではない。僕が最初にポリーニを聞いたのは1994年の日本公演で、ショパンの第2ソナタやシューマンの幻想曲(共に技術的にも非常に難しい)で、本当に一音たりともミスのない完璧な演奏をしていた。
 ところがその後、2000年以降あたりから、完璧だった彼の技術に陰りが見え始め、2008年にロンドンで聴いたときには、ポリーニにしては無残といってもいいほどの、技術的に不安定な演奏だった。その後、昨年(2009年)に聴いたときにはかなり安定感が戻ってきていたので幾分安心はしていたけれども、なんといってもポリーニも既に60代の後半であり、今回の演奏会でどのような演奏をするのか、今一つ不安が拭いきれなかったのは事実。特にショパンの練習曲は極めて高度な演奏技術が要求されるので、レコードで過去の名演奏を聴けば聴くほど、不安も募ったというのが率直な気持ち。

 しかしそんな不安も、プログラム前半の前奏曲集を聴くうちに吹き飛んだ。
 一番最初の第一番、喘ぐような音形のアルペジオを、ポリーニはかなりテンポを動かしながら懐の深い、余裕のある表情で聴かせる。この時点で彼がかなり調子が良さそうな印象を受けたのだけれど、それがはっきり分かったのはト長調の第3曲。革命のエチュードに似て左手で速い定型パッセージを弾きながら右手で息の長い旋律を弾く曲で、ポリーニらしく伴奏の左手も強めに弾きつつ同時に旋律もしっかり歌わせる。第8番や第19番など、技術的に極めて難しい曲ではミスタッチもなかったわけではないけれど、全体としては全く不安を感じさせない安定した演奏だった。

 ポリーニはこの前奏曲集で、一曲一曲の違いをはっきり際立たせるというよりは、24曲全体を一まとまりと捉えたアプローチを取っていた。それぞれの曲はかなり淡々と、しかし深みのある表現で弾き進める。アルゲリッチの録音などに比べると一曲一曲の印象はおとなしいけれど、全体としての感銘の深さはちょっと比類がない。15番の雨だれ前奏曲辺りからは彼自身も調子が上がってきたようで、ピアノの響きに芯が出て多彩になり、表現もますます深まる。実際、この雨だれ前奏曲は素晴らしい演奏だった。
 こんなに渋くて深みのある前奏曲集は他に聴いたことがない。一方で、16番や20番、24番などの激しい曲を聴いていると、圧倒的な力で曲をねじ伏せるような若いころの演奏スタイルも未だにしっかり保っていることも充分に分かる。ポリーニには是非ともこの前奏曲集を再録音してほしいと思う。


休憩をはさんで後半はバラード第1番で開始。ポリーニは最近の演奏会で、この曲をよくアンコールに弾いている。実はそのアンコールでの演奏に深く感心していなかったのであまり期待していなかったのだけど、正規のプログラムとして弾いたこの日の演奏は素晴らしかった。ドラマティックな激しさやロマンティックな優しさなど、前奏曲集とは打って変わって表現の振幅が非常に広い。しかも弾くのがポリーニなので、感傷的な弾き方は全くしない。
 ピアノの音もますます冴え、硬いアタックと密に詰まった響きがとても美しい。現役のピアニストで、これほど美しい音を聴かせるピアニストはなかなかいないのではないか。彼の音は、一つ一つの音だけを採り上げると中立的な安定した音だけれど、ピアニシモからフォルティシモまでピアノが充分に響き切り、かつよくコントロールされているので、同じ和音をひくときでも、その和音を構成する音の一つ一つの強弱の組合せによって無限と言ってもいい変化を生みだす。芯のある低音を響かせたり、明るい高音を効かせたりと、響きが単調になることが全くない。

 次の夜想曲2曲はポリーニのお気に入りらしく、彼の演奏会で実際に聴くのは、1994年の来日公演以来今回で3回目。不安定な和声で神秘的に始まり、途中で大きな盛り上がりを見せた後にすっと舞曲のような明るさに到達する第一曲は僕も好きで、特にポリーニの硬派な演奏はこの曲に最もふさわしいように思える。ロマンティックな第二曲も、ポリーニが弾くと結構ごつごつしたところもある、芯のある音楽に仕上がるのが面白い。

 最後はいよいよ練習曲。ここまでの演奏で、高度な演奏が聴けることに何の疑いも抱いていなかったけれど、期待に違わず素晴らしかった。
 第一曲のエオリアンハープは、多くのピアニストが対位法を強調した演奏をするけれど、ポリーニは対旋律を全く浮かび上がらせず、右手の主旋律と、もやっとした伴奏だけで流麗に弾き通す。過度の感傷を避けるためなのかどうかは分からないけれど、これは過去の録音から一貫している。個人的には対位法を浮き立たせた演奏の方が好きだけれど。
 細かい動きの第二曲、飛び跳ねるような第三曲、リズムがトリッキーな第四曲と、安定して深みのある演奏を聴かせる。第七曲はロマンティックな二重唱で人気のある曲だけれど、これもポリーニらしく深みと骨のある演奏。完全に制御された音と響きの美しさが更に深い陰影を添える。
 そして最後の三曲はまさに圧巻。
 オクターヴで縦横に動き回る第10曲は、重戦車のような重さと機動力のある演奏。全盛期にも劣らないパワーで、凄まじい圧力と緊張感のある音楽を弾く。「木枯らし」の名で知られる第11曲も、全く集中力を途切れさせない。右手の超高速のパッセージと左手の旋律という、ショパンらしい曲だけれど、この右手と左手のバランスが絶妙。左手の旋律が動いているときは右手は控えめに弾き、旋律と旋律の間の谷間では右手を浮立たせて音楽の流れと緊張感を持続させる。最後まで全く途切れずに一気に弾き切った。
 更に、間をあけずに最後の第12曲。彼の集中力は全く途切れず、むしろ聴衆の方にポリーニについていけていない人が多かった。大海のうねりのようなこの曲を、やはり圧力と緊張感を途切れさせずに弾き続け、滔々とした大きな流れを作り続ける。同じ音形を執拗に繰り返すこの曲で、微妙かつドラマティックな和声の変化に巧みな響きな変化を組み合わせていた。ここから受ける感銘の深さは並大抵のものではない。

 冷静な話をすれば、彼がいまショパンの練習曲集を再録音しても、過去の録音ほどの評価を得ることは難しいかもしれない。やはりこの曲は技術的な完成度の高さが重要な意味を持つ曲集であることは間違いなく、特に録音するとなるとその点は更に強調される。そして、技術的にみて今のポリーニが過去の彼自身に劣ることは否定しようがない事実である。(今のポリーニが劣るというより、以前のポリーニが異常なレベルだったというのが正確ではあるけれど。)
 しかし、演奏会で弾くとなると、今のポリーニほどこの曲を「聴かせる」ピアニストは稀だと思う。68歳になった今も、彼は依然としてピアノ界の帝王であると断言できる。この先もまだ、彼が何かすごいものを聞かせてくれることは間違いないだろう。


 ちなみに今回のプログラム、一見バラバラな曲の組合せのように見えるけれど、僕にはポリーニの意図が見えたような気がした。彼はここで、作品番号が20番台の曲ばかりを集めている。これらは全て、ショパンが20歳代後半で作曲したもので、若さゆえの瑞々しい感性と、成熟を見せ始めた彼の作曲技法の幸福な結びつきが見られる作品群である。
 ショパンのピアノ書法が完全に成熟した壮年期の作品よりも、比較的若いころの作品の方が、演奏の仕方によってはより多くのことを表現し得る(ただし晩年の曲はまた別の話)というのは、前週のツィメルマンの第2ソナタの演奏で気付いたことだったが、今回のポリーニの演奏会ではそれを更に強く実感した。

 アンコールは革命のエチュード、マズルカを一曲、スケルツォ3番。この中ではスケルツォの素晴らしさが際立っていた。
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by voyager2art | 2010-03-05 02:03 | ピアノ


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