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ボビー マクファーリン & ロンドン ヴォーカル プロジェクト

Bobby McFerrin
The London Vocal Project

2010年5月29日 20:00 -
Barbican centre

 アメリカのジャズ歌手のボビー・マクファーリンのコンサート。僕が学生だった頃、チェロのヨーヨー・マがボビー・マクファーリンと共演したCDが発売された。CD屋で試聴して、聴こえてきたのがバッハの平均律の前奏曲にグノーが旋律を付けたアヴェ・マリア。その旋律をチェロが演奏し、伴奏はボビーが声で歌う。人の声がここまでできるのかと強烈な衝撃を受け、ボビーの名は僕の頭に焼き付けられた。



 その後、いつか一度彼の歌を実演で聴いてみたいと思っていたけれど、それがようやく叶った。

 会場でプログラムを見ると、彼は1950年生まれとあった。ということは彼はもう60歳。クラシック音楽の世界では、この年齢になると急に衰えを示す例を何人も見ているので少し心配したけれど、舞台に現れて一人で歌いはじめた彼の歌は、CDで聴いて知っている彼と何の違いもなかった。驚異的に幅広い音域と正確な音程、様々な声色。胸を手で叩いてパーカッションも付ける。ベースラインとメロディーを一人で歌い、ときにハーモニーも自分の声で足す。
 恐らく一人の生身の人間が、楽器を使わずに作ることのできる最も豊かな音楽だろうと思う。すごいとしか言いようがない。

 そして何より、彼のステージは楽しい。彼は客席を歌わせるのがとても上手い。上のビデオのように、客に何かを歌わせて自分がその伴奏、あるいは旋律を歌うということを、かなり頻繁にやる。お客さんもみんな彼のファンばかりなのでよく知っていて、彼の簡潔な指示でさっと会場に歌が流れ出す。この一体感はほんとに楽しい。

 この日彼と共演したLondon Vocal Projectも上手だった。彼らの得意とする歌はボビーの歌とはかなり路線の違うものだったけれど、そこはさすがの貫禄でボビーがうまくあわせる。たっぷりと音楽を楽しめた、とても楽しいステージだった。
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by voyager2art | 2010-05-30 17:51 | ジャズ

ロイヤルバレエ/Chroma, Tryst & Symphony in C

The Royal Ballet
2010年5月28日 19:30 -

Chroma
 作曲:Joby Talbot, Jack White III
 振付:Wayne McGregor
 指揮:Daniel Capps

 Yuhui Choe
 Olivia Cowley
 Melissa Hamilton
 Paul Kay
 Brian Maloney
 Rupert Pennefather
 Samantha Raine
 Liam Ccarlett
 Johannes Stepanek
 Dawid Trzensimiech


Tryst
 作曲・指揮:James MacMillan
 振付:Christopher Wheeldon
 照明:Natasha Katz

 Sarah Lamb, Rupert Pennerather 他
 
 
Symphony in C(交響曲ハ長調) 
 作曲:Georges Bizet
 振付:George Balanchine
 指揮:Dominic Grier

 第1楽章:Leanne Benjamin, Johan Kobborg 他
 第2楽章:Alina Cojocaru, Thomas Whitehead 他
 第3楽章:Roberta Marquez, Steven McRae 他
 第4楽章:Laura Morera, Ricardo Cervera 他


 ロイヤルバレエ団の公演。はじめの二つは現代作品で、ビゼーの交響曲はクラシカルな振付け。

 はじめのChromaは白を基調としたミニマルなデザインの舞台で、抽象的な踊りが繰り広げられた。美しいわけでもなければ鮮烈なわけでもない、奇怪で不思議な踊りだった。しかしこの踊りはともかく、残念だったのは音楽が極めて安っぽかったこと。一昔前のアメリカのテレビドラマで使われていそうな、底の浅い音楽だった。

 続いてのTrystは、打って変わって先鋭な踊りと、優れた音楽による面白い舞台だった。照明も冴えていて、そもそもこの作品が背景にどんなことを考えて作られたものか分からないので詳しく書けないのが残念だけれど、現代作品という枠を超えて充分に楽しめる舞台だった。

 最後のビゼーは、古典的バレエを純粋に楽しむ作品だった。舞台装置は一切なし。楽章ごとに編成されたチームが、古典的な振付けの踊りをおどっていく。
 面白かったのは、楽章ごとに主役がどんどん変わっていくので、ダンサーの違いが明瞭に比較できたこと。やはりアリーナ・コジョカルは段違いに上手く、この人だけ重力が他の人の半分しか作用していないように見える。男性ダンサーの腕の中に倒れ込むような振付けでも、決して「ドサッ」とはならず、「ふわり」と倒れこむ。リフトの最中も着地の瞬間も、本当に重さがないように見える。細かい技術の圧倒的な積み重ねが、信じられないような表現力を支えている。
 コジョカルとは別の魅力を発揮していたのが、3楽章のロベルタ・マルケス。この人は技術も確かだけれど、それよりも何よりも天性の華と愛嬌、可憐さで一気に舞台を明るくする。この人の踊りを見ているだけで思わず微笑みを浮かべてしまうような、そんな踊り。
 あとの二人は残念ながら、この二人の陰になってしまっていた。
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by voyager2art | 2010-05-30 00:09 | バレエ

バッハ/平均律クラヴィーア曲集第1巻 - 第1曲(ハ長調)

 バッハの平均律の中では例外的に良く知られた前奏曲と、それに続く4声のフーガ。前奏曲はひたすら両手でアルベジオ(分散和音)を弾き続ける。ちなみに前奏曲はハ長調の和音をドの音から順番に5つ積み重ねた形から始まり、フーガの方はハ長調の音階をドの音から順番に5つ並べた形から始まる。フーガは小規模ながらかなり複雑。

● エドウィン・フィッシャー
 前奏曲、フーガともにかなり速めの演奏。
 前奏曲では右手の16分音符にスタッカートをつけている。左手の2音はほぼ音価通りに伸ばしているので、そのアーティキュレーション(音のつなげ方)の対比によって音楽に立体感が出る。後半は息の長いクレッシェンドとディミヌエンドを使って積極的に盛り上がりを作るが、全体としてイン・テンポを守り通しているので、明快で爽やかな演奏になっている。
 フーガも前奏曲と同様に速めのテンポ。最初に提示される主題の半ばの八分音符のひとつに、かなり強めのアクセントを付けているけれど、このアクセントは曲中の各声部で主題が現れるたびに繰り返される。もともとフィッシャーは多声部の弾き分けが上手く、各声部に音量の差をつけて立体感を出す(新しく提示される主題を浮かび上がらせることが多い)のが得意だけれど、このアクセントによってさらにポリフォニーにメリハリが出る。
 また彼は、このフーガをmf(メゾフォルテ)くらいで弾きはじめ、10小節目の途中でぐっと音量をp(ピアノ)に落とす。ここでは静かで上品な音色を、多彩にコントロールして多声部を弾き分ける。このフーガの演奏で最も印象的な部分だろう。
 ちなみに声部間に音量や音色の差をつけるというのは、演奏する側にとっては音楽の構造をしっかりと把握していないといけない上に、それを物理的な音量・音質の違いとして表現しないといけないので、厳密にやろうとすると非常に難しい。フィッシャーは音符の弾き間違いが多いことでも有名なピアニストで、このフーガの録音でもすでにいくつかの音が抜けているのが分かるけれど、そういうこととは異なる次元で極めて高い表現技術を持ったピアニストだったことが、この演奏ひとつでよく分かる。

● ダニエル・バレンボイム
 前項のフィッシャーの弟子でもあるバレンボイム。前奏曲はフィッシャーと全く同じテンポで弾いているのは師匠への敬意の表れだろうか。ただし右手の16分音符はスタッカートではなくマルカート程度の穏やかなアーティキュレーション(音のつなげ方)になっていて、全体としてとても優しい印象を受ける。デュナーミクによる表情付けをしている点もフィッシャーと同様だけれど、フィッシャーが盛り上がりの頂点を29小節目に置き、その前後に息の長いクレッシェンドとディミヌエンドを行っているのに対し、バレンボイムは23、28小節目に山を置き、その次の小節でふっと力を抜いたように音量を落とす。これによりフィッシャーより繊細で洗練された表現になり、聴いていて極めて上品な印象を受ける。
 フーガは一転してフィッシャーよりずっと遅いテンポ設定。フィッシャーが音量の変化で各声部を弾き分けるのに対して、バレンボイムは持ち前の多彩な音色を駆使して、内声部を非常に美しく歌い上げる。このため、フィッシャーの演奏よりもはるかに穏やかに弾きつつ、明確に各声部を弾き分けることに成功している。音色の美しさと音楽の表現の美しさを同時に実現した、素晴らしい演奏。

● フリードリヒ・グルダ
 前奏曲は中庸のテンポ。テンポとリズムの正確さはグルダの特徴の一つで、ここでも持ち前の硬質のタッチとあわせてアルペジオが極めて正確に弾かれる。ごく控えめの、しかし明瞭な、デュナーミクによる高雅な表情付けがなされている。一見これといった特徴がないようでいて、聴き込むほど良さが心に沁み通ってくるような演奏。
 フーガも遅めの演奏。主題の付点のリズムが、グルダの演奏では複付点音符になっている。グルダによる改変か使用する楽譜の版の問題かはよくわからない。どの声部を弾くのにも音色は変化させず、音量に少し差をつけて声部ごとの特徴付けをしている。ただし音色が単調というのではなくて、どの音もしっかりと響かせているので、クリアで硬質な音色にも関わらず厚みのある響きになっている。
 面白いのは、上記の複付点音符などにときどき装飾音(モルデント)が入ること。このモルデントは、最初の主題提示には付けられておらず、最初に出てくるのは7小節目。次の8小節目までさかんに装飾を入れたかと思うと、また装飾音が急になくなる。その後、14小節目でまた装飾が入りはじめ、しばらくするとまた消える。恣意的と言えば恣意的ではあるが、これにより曲にメリハリがつくのは否定できない。また、主題が短い間隔で各声部に頻出する14小節目以降は、切れ味とリズムの鋭いモルデントが入ることで驚くような立体感が達成されている。
 この一曲目から、名盤の名に恥じない素晴らしい演奏。

● グレン・グールド
 バッハの鍵盤音楽の演奏を語るときにグールドの名を避けて通ることはできない。一方で、彼の平均律の演奏については「奇矯に過ぎる」という評も消えることがない。恐らく、その印象を最も強く与えるのがこの最初の前奏曲の演奏ではなかろうか。
 デュナーミクによる表情付けなど、他のピアニストと同じようなこともしてはいるものの、誰が聴いても最初に気付くのは、右手の16分音符に付された奇妙なアーティキュレーションだろう。そのうえテンポがかなり遅いので、普通に聴くと大抵の人は困惑し、本音では退屈するに違いない。少なくとも、この曲の精妙な和音の変化はこの演奏からは聴こえてこない(グールドはモーツァルトのピアノソナタでも同じようなことをしていて、それを批判する人もいる)。
 恐らく、この前奏曲の演奏に込めたグールドの意図はこの前奏曲だけを聴いていても理解できず、次のフーガの演奏と関連づけることで初めて見えてくる。

 フーガの主題において、グールドは16分音符に明確なアーティキュレーション(最初の2音をスラーでつなぎ、その後はスタッカート)を付ける。
 音楽の進行につれて各声部からこの主題が現れるたびに、グールドは正確にこのアーティキュレーションを再現する。また、彼の演奏を特徴づけるノンレガート奏法(チェンバロの響きを模したものらしい)も随所に使うことで、他の誰とも違って、アーティキュレーションの違いによる各声部の弾き分けに成功している。音楽は軽やかで自由、天衣無縫という言葉がぴったりくるように思う。

 このアーティキュレーションによる声部の弾き分けはこのフーガだけでなく、彼のバッハ演奏を特徴づけるものだ。そしてこの曲集の演奏を始めるにあたり、その演奏法を先取りしたのが、はじめの前奏曲の「奇矯な」演奏ではないかと僕は考える。グールドという人は、瞬間瞬間の声部の構成に強くこだわる一方で、音楽全体(一つの楽章だけでなく、楽章間の相関なども含めて)の構造についても余人の追随を許さないほどの洞察力を持っていたピアニストなので、この前奏曲の演奏を単独で評価すると重要なものを見逃すことになるに違いない。これは間違いなく、平均律という曲集全体への前奏になっていると僕は信じる。

● マウリツィオ・ポリーニ
 この前奏曲の演奏ほど、ポリーニの音楽の特徴をよく表した演奏もないのではないか。やや速めのテンポで弾きはじめ、徹頭徹尾レガートで、テンポ・音量・音色にも一切の変化をつけない。それでいて音楽が無機的になることはなく、彼の音色の豊かさも手伝って、むしろ滔々とした豊かで肉太な音楽が河のように流れ続ける。最短距離で音楽の本質に到達する、ポリーニの演奏の最高の例の一つがここにある。
 フーガの演奏は、一度聴いた印象では他のピアニスト達に比べて声部の弾き分けが不十分に感じられる。一つには、残響の多い録音のせいだろう。また、彼の演奏の特徴として上声部とバス声部をやや強めに弾き、内声部はやや弱めに弾くというのも原因の一つだ。ただ、楽譜を見ながらよく聴くと内声部もしっかりと歌っているのもわかるので、かれが意図的にこういうバランスを選んだのは間違いないと思う。
 実演のポリーニは、複数の声部を、たとえ不協和音でぶつかっていようとも、平気で同じ音量で並行して弾いてしまうことがよくある。現代音楽も得意とする彼ならではなのだろうが、このバッハの演奏でも彼は同じことをしているのではないかと想像する。この曲集を(残響の多い録音ではなく)実演で聴くのが楽しみだ。

● スヴィャトスラフ・リヒテル
 長く名盤の名をほしいままにしているリヒテルの平均律の中で、この前奏曲はリヒテルのすごさを理解するいい題材になる。リヒテルは、左手のハ音で始まるバス声部(第1声部と呼ぶ)、その次のホ音で始まる内声部(第2声部と呼ぶ)および右手の16分音符の塊(第3声部と呼ぶ)の中で、まず第1声部を強めに弾くとともに、通常はアルペジオの第1音としての役割しか与えられないこの声部に、旋律としての横のつながりを明確に与えている。これにより、バス声部が非常に息の長い歌を途切れずに歌い続け、音楽に一本の長い筋が通る。
 更にすごいのは、曲を通して第2声部を弱く、かつくぐもった音色で弾くことで、この曲の演奏で対位法的な表現を実現した点。強めの第1声部と弱くて暗い第2声部の上に第3声部が軽やかに乗り、他の演奏からは聴くことのできない立体感がうまれる。
 また表情付けは総じて控えめで、デュナーミクの変化もかなり抑えられているけれど、リヒテルは24小節目および32小節目に入るところでほんの一瞬だけ、間を入れる。これが、演奏にいいようのない魅力を添えていて、たまらなく美しい。
 フーガの演奏でも、彼は控えめな表現に終始する。しかしよく聴けば、彼が各声部に明確に音量と音色の差をつけているのがはっきりと聴き取れる。これにより、彼は大げさな演奏をすることなく、楽々とポリフォニーの実現に成功している。控えめでありながら極めて充実した演奏となっていて、バッハの音楽の高貴さが余すところなく表されている名演であると思う。
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by voyager2art | 2010-05-25 07:46 | バッハ平均律1巻

J. S. バッハ/平均律クラヴィーア曲集(第1巻)の聴き比べ

 鬼も笑う来年の話ではあるけれど、ポリーニが2011年の前半にロンドンで「ポリーニ・プロジェクト」と銘打って5回の演奏会を開く。ベートーヴェンやシューベルトの後期のソナタからドビュッシーの練習曲、ブーレーズの第2ソナタなどが予定されていて非常に楽しみなシリーズなのだけれど、その中にバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻を全曲(全24曲、同じ規模の第2巻も存在する)弾く演奏会もある。

 バッハの平均律といえば、「ピアノ音楽の旧約聖書」と言われる作品集(ちなみに「新約聖書」はベートーヴェンのピアノソナタ全曲)であり、古今さまざまな名ピアニストが名演を残している。僕も最近になって、かなり集中してこの曲集を聴くようになり、恥ずかしながら今になって、その音楽の豊かさと深さにようやく気付きはじめた。

 クラシック音楽のレパートリーとしては、この曲集はそれほど人気のあるものではない。みんな存在は知っているというくらいで、せいぜい曲集の中のいくつかの曲は聴いたことがあっても、全曲を何度もしっかりと聴き通すという人は稀だろう。演奏の媒体としてたまたまピアノ(またはチェンバロ等)が選ばれるというだけで、ピアノという楽器の特徴を発揮させるような種類の音楽ではない(そもそもバッハの時代にピアノはなかった)ということもその一因かもしれない。
 外面的効果ではなく構築力と音楽的内容が問われる種類の音楽なので、演奏する方にも聴く方にも確かな知性と感性が要求される。

 ポリーニの実演でこの曲集を聴くことができるのだから、演奏会前にある程度深くまでこの曲集を理解できるようになっておきたい。とくにバッハは、音楽の構造を事前にどれだけ把握しておくかで、演奏を聴いたときの理解度が全く異なる作曲家である。演奏中に楽譜を見ることのできない実演ではなおさらだ。そう思って、複数の録音の聴き比べを自分でやってみることにした。

 現在僕の手元には、6人のピアニストによる平均律第1巻の録音がある。そのピアニストとは以下の通り。

● グレン・グールド
● スヴィャトスラフ・リヒテル
● エドヴィン・フィッシャー
● フリードリヒ・グルダ
● ダニエル・バレンボイム
● マウリツィオ・ポリーニ

 6種類の演奏の聴き比べはかなり大変で、時間もかかる。とはいえ、どの演奏もいずれ劣らぬ名演ぞろいなので、評価対象から外すわけにも行かない。腹を括って、一曲ずつ、全員の演奏を聴いていくことにする。

 バッハの音楽の理解に楽譜は欠かせない。幸いにして今ではインターネット上で無料でこの曲集の楽譜を手に入れることができる。

平均律クラヴィーア曲集 第1巻
第1番 - 第12番
第13番 - 第24番

 ポリーニがバッハを弾くのは来年の1月。それまでに全24曲の聴き比べを終わらせたい、というくらいのペースで進めていく。記事は曲順に載せて行くけれど、掲載は不定期とする。時間が掛かってもいいので、着実にしっかりと進めようと思っている。
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by voyager2art | 2010-05-21 05:39 | バッハ平均律1巻

ゲルギエフ/ロンドン交響楽団

2010年5月13日 Barbican Centre
19:30-

曲目:
ルトスワフスキ:ピアノ協奏曲
メシアン:トゥーランガリラ交響曲*

指揮:Valery Gergiev
ピア ノ:Sergei Babayan
ピアノ:Joanna MacGregor*
オンド・マルトノ:Cynthia Millar*
London Symphony Orchestra

 ゲルギエフとロンドン交響楽団による20世紀の音楽の演奏会。メシアンのトゥーランガリラ交響曲を目当てに行ってみた。

 一曲目のルトスワフスキは初めて聴く曲。これまで聴き慣れた「音楽」に比べると、まるで初めて聞く言語のように響く作品で、旋律ではなく人のお喋りを聞いているような印象。技術的にはかなりの難曲だったと思うけれど、ピアニストのババヤンは恐るべきテクニックで弾いていた。
 残念なことに、僕はこの曲の演奏中に完全に寝入ってしまった。曲が退屈とか演奏がつまらないとかいうのではなく、こちらの調子が万全ではなかったためだ。またもう一度聴いてみる価値のある曲だとは思った。

 二曲目のトゥーランガリラ交響曲は、恐らく「現代音楽」の中では最も演奏されている曲のひとつだろう。僕も実演で聴くのは二度目で、前回聴いたのは2年前のプロムスでの、ラトル指揮のベルリンフィルの演奏だった。メシアンは20世紀の作曲界に大きな影響を与えた人で、精緻な音楽理論と色彩豊かな響きで多くの作品を書いた。また彼は鳥の鳴き声の収集にも力を注ぎ、「鳥のカタログ」という大規模なピアノ曲集を書くとともに、その他の作品にも鳥の鳴き声を多く取り入れた(今回のトゥーランガリラ交響曲にも使われている)。

 ゲルギエフによるこの曲の演奏は、比較的速めのテンポで進んでいった。オーケストラも難度の高いこの曲から豊かな響きを作り出す。未知の文明の厳かな神殿のような雰囲気の曲、奇妙な動物がうごめく熱帯の極彩色の森のような音楽など、よその惑星に降り立ったかのような音楽が、純粋で力強い生命感を伴って次々と奏でられる。

 僕自身としては、この曲を知るきっかけとなった第6曲「愛の眠りの園」がどのように演奏されるかとても興味があった。時間の流れから切り離されたような静かな広い庭で、二人の恋人達がいつまでも純粋な愛に身を浸し続けているような曲という印象を持っていたけれど、ゲルギエフはこの曲を僕が知っているよりもずっと速く演奏し、なんだか別の惑星で見たこともない宇宙人達が歩き回っている中にひとりでぽつんと佇んでいるような、親しみや理解とは一切隔絶された不安で孤独な音楽に聴こえた。

 第5曲「星々の血の悦び」や終曲のように、力強さと機動力の双方が要求される楽章では、演奏にやや乱れが見られた。やはり「現代音楽」ゆえにオーケストラがこの曲自体に慣れておらず、何とか楽譜に付いていっているような印象だった。これらの音楽では、生命の純粋で根源的な悦びが、圧倒的な力で爆発するような何かが欲しかった。曲の技術的な難しさを考えれば、それでも充分に高いレベルの演奏であったとは思うけれど。

 この日の演奏では、ピアノのマクレガーの演奏が素晴らしかった。彼女はクラシックだけでなく、様々なジャンルの音楽を積極的に演奏しているらしいけれど、その経歴が表現力の豊かさに見事に結実していた。テクニックも素晴らしく、メシアンが「一種のピアノ協奏曲」と呼んだこの難曲を完璧に弾きこなしていた。今後も注目に値する若手ピアニストだろう。
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by voyager2art | 2010-05-16 06:45 | オーケストラ

ロイヤルバレエ/シンデレラ

Cinderella, The Royal Ballet
(プロコフィエフ作曲)

2010年5月3日(月:祝)14:00 -

配役:
シンデレラ: Roberta Marquez
王子: Steven McRae
異母姉: Gary Avis, Philip Mosley
シンデレラの父: Alastair Marriott
妖精の女王: Helen Crawford
春の精: Bethany Keating
夏の精: Melissa Hamilton
秋の精: Yuhui Choe
冬の精: Nathalie Harrison

振付: Frederick Ashton
指揮: Pavel Sorokin

 ロイヤルバレエによるプロコフィエフの「シンデレラ」。この演目を見るのは初めて。タイトルロールのRoberta Marquezはロイヤルバレエ団のPrincipal(最高位)の中でも特に可憐な演技が持ち味で、以前からよく観ていた。ただしこの日の舞台は、主役のシンデレラよりもむしろ、脇役である異母姉の二人が目立つ演出だった。
 このバレエの筋書きは(多少の脚色はあるものの)誰でも知っているシンデレラそのもので、もともとは貧しいシンデレラのサクセスストーリーのはずが、このアシュトンの演出ではほとんどコメディーといってもよい内容。異母姉二人は女性ダンサーではなく、背の高い男性ダンサーが女装して、悪ふざけに近いドタバタ喜劇を演じる。確かにこれはこれで面白いし、例えば舞踏会の場面で彼女ら(彼ら?)が紳士達と踊る場面では、紳士役の男性ダンサーの方が背が低く、その面白可笑しいやりとりは客席から大いに笑いを誘っていた。
 とはいえ、やはり主役はシンデレラ。観る方もシンデレラ役のMarquezの踊りに期待しているわけなのだけれど、どうも異母姉二人に演出上の重点が置かれてしまって、シンデレラの影が薄い。シンデレラと王子が舞踏会で出会う場面でも、最後のハッピーエンドの場面でもMarquezは可憐に踊っていたけれど、踊りの良さの割に演出が決まり切らず結局インパクトの薄いままに終わってしまった。休日の午後に観るエンターテインメントとしては面白いものではあったと思うけれど、芸術上の面白さはほとんどないのが残念だった。

 ちなみに今回は休日の昼公演ということもあり、子供連れで来ているお客さんが多かった。バレエ公演なのでほとんどが女の子で、休憩時間にはみんながみんな主役のバレリーナのように踊っているのが可愛らしく、微笑ましかった。ここで踊っていた子供達の中から将来シンデレラを演じるダンサーが現れるのかもしれない。
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by voyager2art | 2010-05-04 04:03 | バレエ


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