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一人一役/マルケス & マクレー & ロイヤルバレエ/マノン

 今週は連休のはざまで3日しか仕事がなかったのに、ずっと体調が悪かった。連休はものすごく元気だったのに、我ながら感心するほどの模範的なダメ社会人。先週末までずっと夏の陽気だったのが急に気温も下がって、気分も沈み気味。
 この日はマルケスが踊るマノンのチケットを買っていて、実はこんなチケットいつの間に買ったのかと自分でも驚いたんだけど、観に行くかどうか本気で迷った。体調も悪いし、一時は本当に家に帰りかけた。

 とはいえせっかく買ったチケットだし、マルケスがマノンをどう踊るのか興味があったので、とにかく観に行って、無理だと思えば途中で帰ればいいやとロイヤルオペラハウスまで頑張って行くことにした。ところが開演前に、中華街の端にある行きつけのマレーシア料理の店でお気に入りのご飯を食べて、店員さんとしゃべっているうちに何だか気分もすっきりしてきて、結局いつものとおり気合い充分で開演を待った。



Jules Massenet: Manon (Orchestration: Martin Yates)

Choreograph: Kenneth MacMillan


Manon: Roberta Marquez
Des Grieux: Steven McRae

Lescaut: Ricardo Cervera
Monsieur G.M.: Bennet Gartside

Lescaut's Mistress: Laura Morera
The Gaoler: Thomas Whitehead

etc.


Martin Yates (Conductor)
The Royal Ballet


28th Apr, 2011 (Thu), 19:30 -
Royal Opera House, Covent Garden, London


 マルケスという人はロイヤルバレエのプリンシパルの中でもどこか変わっている気がする。もちろん個性的なダンサーの揃ったロイヤルバレエなので、ステレオタイプな人というのもいないけど、マルケスはあっけらかんとしすぎているというか、深みのある心理描写に長けたダンサーという印象を与える人ではないので、深刻な内容の演目を彼女の踊りで観るときは、どこか一抹の不安を感じずにはいられない。実際にはジゼルでも白鳥の湖でもオネーギンでも味のある舞台を見せてくれているので、意外と(というと失礼だけど)ちゃんと踊る人だと思うんだけれど、シリアスな演目になるとどうしても他の人の日を優先してしまう。
 ただ、マノンという演目について言えば、僕はマルケスに期待するところもあった。マノンの役柄をマルケスのように明るいダンサーが踊ると、もしかすると上手くはまるのではないかという莫とした思いがあったから。もちろんこれは、マノンを実際に一度観てから抱いた印象なのだから、チケットを買ったときにはそんなことを考えもしなかったんだけど。


 幕が開いて舞台が始まると、少々戸惑った。先の連休に、予習用に買ったDVDを何度か観ていてある程度この舞台をわかったつもりになっていたのに、実際にはDVDに映っているよりも多くのことが同時進行していて、全然追いきれない。まるでマーラーの後期の交響曲のようだ、なんてことを考えているうちにマルケス登場。その姿にびっくり。もう、完全に女の子。未成年。10代。
 マノン・レスコーのストーリーは最近少しだけ調べていたので、マノンが10代だということは知識としては知っていた。でも、ここまで幼い雰囲気で本当に10代の少女として現れるとは。これは今のロイヤルバレエのプリンシパルの中でも、マルケス以外には絶対に表現できない雰囲気に違いない。
 でもマルケスのマノンで本当に感心したのは、この幼さの故に、マノンの中のデ・グリューを愛する感情と、ムッシューGMが実現してくれる贅沢に惹かれる気持ちが、全く矛盾も対立もなしに両立してしまうところ。デ・グリューの寝室で、彼が大好きという気持ちが爆発的に溢れ返るパドドゥを踊ったと思ったら、次の場面ではムッシューGMが持って来た美しい服に眼をキラキラさせて夢中になる。まるで、フレンチのコースもお気に入りだけど、高級中華も大好き、というくらいの無邪気さ。その表現の鍵になっているのが彼女が作り出す「幼さ」の空気。小柄なマルケスがムッシューGMの持って来た豪華な服を着ると、小さな子どもが大人の服を着たときのように、さらに幼さが際立つ。こういう役作りはマルケスの独壇場という気がする。
 当然ながら第2幕でも、デ・グリューと再び一緒になって大喜びしながら、同時にムッシューGMにもらった豪華な腕輪も嬉しくて仕方がない。ここでもこの二つは彼女の中では全く矛盾していない。

 僕はマノンの原作を読んだことがないので、マクミランの振付けたこのバレエ作品を観ただけでの理解だけれど、マノンという物語の独特の不透明感として、マノンがデ・グリューを愛したかと思うとすぐにムッシューGMの富につられてしまう、その心理の不可解さがあると思っていた。女性の心理の不可解な二面性を表しているのだろうかと女心に疎い僕は考えていたんだけれど、マルケスで観るとそれは相反する二つの感情ではなく、ごく自然に一つの心の中に生じる素直な気持ちでしかない。あ、デ・グリューさん素敵だな。あ、GMおじさん私に綺麗な服をくれるんだ。こういう二つの感情が二面性としてではなく表現され得るということを考えたことがなかったので、これは本当に新鮮な驚きで面白かったし、これは本質的にマノンという人物を正しく表現する一つの方法だという説得力があった。
 ちなみにマノンの雰囲気がここまで幼いと、ムッシューGMのロリコン趣味の変態性が異常なまでに明瞭に浮かび上がり、その点も相当インパクトが大きかった。

 ただしマノンの二面性を無邪気な幼さで表現することについて、じゃあどうしてデ・グリューはそんな彼女に惚れてしまったのか、と思わないでもない。いくら絶世の美少女でも、人間的に幼ければ僕だったら惚れ込みはしないけどなあ、と考えたりもしていたけれど、第2幕の最後に再びデ・グリューの部屋で彼に無邪気にじゃれつくマノンを見て、ああこれだったら若いデ・グリューははまってしまうかも、と納得した。若気の至りというには彼の払った代償は大きかったけれど。


 ということで、第2幕までは完全に納得のマルケスのマノン。でもやっぱりこの演目のキモは最後の3幕に来るし、ここでマルケスがどういうマノンを演じるのか予想がつかなかったので、とても楽しみに幕が上がるのを待った。
 幕が開いて現れたマノンは、びっくりするくらい精神の灯が消えて萎れてしまっている。とても先の幕まで天真爛漫な少女だったとは思えない。その深刻さをもっと上手く表現するダンサーは他にいると思うけれど、何といってもそれまでとの落差が大きいのでインパクトがある。これはジゼルのときと同じ。
 沼地のパドドゥは、ベンジャミンのときのような激しく燃え上がる鬼気迫る強さは感じなかった。それでもこのパドドゥは心を打った。マクレーのデ・グリューが「おいで」と手招きし、瀕死のマノンがそこに駆け引きも打算もなく、全力で飛び込んでいく。そしてそれを全身で正面から受け止めるデ・グリュー。マクレーとマルケスが作り上げた、この一途で純粋な感情の発露は泣けた。


 結局感動して終わったマルケスのマノン。もちろんマクレーも本当に上手かった。他の役では、ラスコーの愛人(かな?)のモレラが個性の強い魅力的な踊りを見せていてとても良かった。ラスコー役のセルヴェラもなかなかの熱演。高級売春婦の役でユフィさんと小林ひかるさんが出ていたけれど、この二人が争う場面ではユフィさんの奥床しさがちょっと物足りない方向に出てしまった。こういうところでぐっと強いところを見せられると、彼女もプリンシパルにぐっと近づくと思う。ここは是非とも頑張ってほしい。

 もう一つ忘れてはいけないのは、この演目を支えるマスネの音楽の強烈な魅力。感性を直撃してくる強くて甘い芳香に満ちている。特に第1幕の寝室のパドドゥの音楽は麻薬のように官能的に本能に絡み付いてくる。この舞台が違う音楽で作られていたら、これほどの感動を得ることは難しかっただろうと思う。それを演奏するオーケストラも熱演。指揮のマーティン・イェイツはこの曲の編曲者ということだけど、指揮者としてもとてもいい演奏をしていた。

 マノン・レスコーの原作の日本語訳が近々手に入る予定。それを読んでからこの舞台を見ると、どう感じるのだろうか。
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by voyager2art | 2011-04-29 19:41 | バレエ

上手すぎた/ロホ & マッカテリ & ロイヤルバレエ/シンデレラ

 またバレエ。またシンデレラ。もう飽きた、という読者の皆様の声が聞こえてきそうだけど、何を隠そう、僕もさすがに飽きてきた。シンデレラという演目はこんなに短期間に何度も観るものではない。それでも観に行ったのは、最近急にその魅力にはまりつつあるタマラ・ロホが踊るから。昨日のインタビュー記事の翻訳も、実は今日の予習を兼ねていたのだった。
 もっともチケットを取ったのは随分前。もともと、昨シーズンこの演目を観たときにはあまり感心しなかったので、今年は行かないつもりだった。でも、サラ・ラムのリハーサルを観たのがきっかけで考えが変わり、一応安い席で観ておくか、とチケットをまとめ買い。行くならやっぱりヌニェスとコジョカルとロホ、それから我らがユフィさんだなと、全てSlip席で購入。ようやく、というのも何だけど、今日が僕にとってのシンデレラ最終日。だけど飽きたとか何とか言いながらも、こうやって一流のダンサーを生の舞台で見比べられるというのは幸せな話だ。

 開演前に、冬の精の小林ひかるさんが怪我で降板とのアナウンス。大丈夫かな?すぐに回復するといいんだけど。こういうアナウンスを聞くと、つくづくバレエダンサーというのは過酷な職業だと思う。


Cinderella

Music: Sergey Prokofiev
Choreography: Frederick Ashton


Cinderella: Tamara Rojo
The Prince: David Makhateli
Step sisters: Jonathan Howells, Alastair Marriott
Father: Thomas Whitehead
The Fairy Godmother: Francesca Filpi

The Fairy Spring: Iohna Loots
The Fairy Summer: Melissa Hamilton
The Fairy Autumn: Akane Takada
The Fairy Winter: Claire Calvert

The Jester: Fernando Montaño



Conductor: Pavel Sorokin
The Royal Ballet

25th April 2011 (Mon) 13:30 -


 昨日のインタビュー記事や、先日買ったマノンのDVDにあったインタビューをみていると、彼女が極めて知的で明晰な思考をする人だということがよく分かる。今日のシンデレラもまさにその通りのキャラクター。横で義姉妹がはしゃいでいるのを見て、あの人たちまたやってる、という感じの冷めた眼で見ているような、そういう雰囲気を感じてしまう。踊っていないときでさえも動きがすっきりとしていて無駄がないので、余計にそう感じるのかもしれない。このままだと義姉妹を出し抜くのは時間の問題、といった風情で、どこかオディールの影が漂うような、不気味な存在感を感じさせるシンデレラ。

 彼女は自身の踊りに対して極めて冷静で精密な意識を保っているようで、ポワントで立ったときの姿勢の安定は他の誰と比べても際立っていて、まるで足の裏を地面につけて普通に歩いているような強い安定感を感じさせる。
 そんな彼女なので、3幕の舞踏会になっても、誰よりもきれいに完璧に踊ってしまう。その研ぎすまされた鋭利な完璧さからは冷たさすら感じるほどで、彼女が王子様と結婚すると、きっと国の政治は彼女がみるようになるんだろうなとか、そんなことを考えてしまう。とても田舎娘が千載一遇のチャンスで王宮に入ってきたようには見えない。

 昨日の記事を読んで、僕自身が彼女の古典に対するスタンスを過剰に意識してしまったのかもしれないけれど、彼女の踊りはもっと精神の深みをえぐるような役で観てみたい。シンデレラは、心理表現という点ではやはり単純な役であることは間違いないし、これだけ短期集中で見ていると、その点がどうしても不満になってくる。(もちろんそれはロホの責任ではない。)

 などということを書いていると、まるで彼女が感情のない冷酷な人のように思うかもしれないけれど、実際にはそうではなくて、DVDのインタビューで彼女が話すのを見ていると人間的な魅力に溢れているのが分かる。ただ、そこには同時に自分を律する厳しさも張り詰めていて、役によってはそういう面が強く出過ぎるのかも知れない。DVDで観る限り、マノンでは素晴らしく魅力的な少女を演じているので、これは役によるのかも知れない。彼女が踊るマノンのチケットももちろん買っているので、そっちが今から楽しみになってきた。


 連休ボケのようで、カメラは持っていったのにメモリーカードを抜いたまま忘れていたという大失態に会場で気付いた。なので今日は写真なし。ロホはカーテンコールも美しいので楽しみにしていたのに、無念・・・
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by voyager2art | 2011-04-26 02:52 | バレエ

タマラ・ロホのインタビュー/"About the HOUSE"より

 イースターの4連休、特に旅行の予定も入れておらず、ずっと天気がいいのに外にも出歩かないぐうたらな時間を過ごしている。たまにはゆっくりした時間を過ごすのもいいものだ。
 先日、ロイヤルオペラハウスから会員向けの季刊誌が送られてきたので、パラパラとめくっている。そんな中にタマラ・ロホのインタビュー記事があってなかなか面白かったので、僕自身のための覚え書きも兼ねて、ここに要約を載せることにした。タイトルは"Style & substance"、「方法と内容」とでも訳すのがいいかな。
 ちなみに翻訳には多分に僕の意訳が入っています。


 まずは彼女が自身について語った言葉。
「私はただの子どもで、何にでも好奇心旺盛だし、人に喜んでもらいたいとも思っています。」
「私を異常に野心的だと考えるのは間違いです。私はきっちりと規律は守るし意欲的でもありますが、それは私が自分自身に対して常に厳しいからです。私は簡単に満足することはありません。」

 来シーズンの"Jewels"で彼女はエメラルドを踊る。これについて、「普段は一番に練習に来て、午後8時半には夕食を食べに行けるよう、早く練習を切り上げる」ことにしているロホも、「いつか"Jewels"の最後のダイヤモンドを踊れるなら遅くまで練習することを厭わない。」

 ロホは来シーズン"Marguerite and Armand(マルグリットとアルマン)"を踊る。ロホの他には過去にフォンテインとギエムの二人しか踊ったことのない(訳注:僕は全然詳しくないのだけれど、多分ロイヤルバレエでは、ということだと思う)この役を踊ることについて。
「私は皆さんと同じようにフォンテインとギエムを尊敬していて、ギエムがマルグリットを踊るのも何度も見ています。でもギエムと私は余りにもタイプが違うので、それが重荷になったり気持ちが後ろ向きになることはありません。それに、私が一番に考えていることは元の物語です。夢見る10代だったころ私は椿姫に熱中していて、デュマの小説も読んだし、映画も見ればオペラも聴きました。私のインスピレーションの元はそこであって、前任者のダンサーではないのです。これを傲慢だと捉えてほしくはないのですが。」

 このバレエをアシュトンが振り付けたとき、フォンテインは40代半ばで、パートナーのヌレーエフは20歳そこそこだった。しかしロホはこの作品を、年上の女性と若い男性の年齢差ゆえの悲恋だとは考えない。
「私にとって、これは普遍的な人生の愛の物語です。マルグリットは自分が結核で死にかけていると分かっていますが、彼女はアルマンを愛しようとします。アルマンが若さとエネルギーと力の限りに彼女のもとに飛び込んできて、彼女はそのために自分が死から逃れて生き延びられるのではないかと思います。彼女はこの希望にしがみつきます。そしてこれこそが、この物語の喜びであり苦しみでもあるのです。私は今回、セルゲイ・ポルーニンをアルマン役として共演できることを非常に幸運に思います。彼には爆発的な若さとエネルギーと力がありますからね。」

 アシュトンについて。
「アシュトンには怖いステップは一つもありません。もちろん簡単だと言うわけではないのですが、全てがただ音楽に従って流れていくように感じます。」

 マクミランについて。
「マクミランの素晴らしいことの一つに、彼が踊り手に個別の表現の余地を残したことです。全てが厳密に固定されている訳ではないので、新しい人は新しいものを作り出すことができます。単に過去の模倣しか許されないならバレエは古くさくなってします。でもロメオとジュリエットやマノン、マイヤーリンクといった作品ではそういうことはありませんし、だから踊り手がこれらの作品を好む理由でもあります。」

 同じような創造の余地を古典作品に見出すのはより難しい。
「バレエ作品に対する私の解釈は、私自身の人間としての成長とともに発展し続けます。若いときには人は全てを本能に従って行います。20代になると全てを詰め込むことに必死になります。30代になると、より少ない要素でより多く表現するにはどうすればいいかということに気付き始めます。全てを明らかにする必要はないのですから("You don't need to prove anything.")。」
「眠れる森の美女のオーロラ姫は物語の中で人物として成長しないので、演じるのが難しい役です。彼女は名付けられたときから全てが身に備わっていて、完全な存在なのです。彼女は人というよりも完璧さの象徴です。この役に対してできることと言えば、3つの幕の間でコントラストを際立たせることくらいです。第1幕の元気一杯の少女、第2幕の夢の映像、第3幕の王族にふさわしい人物といういうように。」

 白鳥の湖のオディールの方が、彼女にはより魅力的な役柄であり、彼女はその神秘を心理的に解き明かそうとする。
「重要なのは、父親であるロットバルトとの関係だと思います。彼は彼女にとって、喜ばせなければならない相手であり、また共に生きていく相手でもあります。彼女はジークフリートとのやり取りと、その勝利を楽しみます。なぜならば、それによって自分が報いられることを知っているからです。彼女はジークフリートをもてあそびますが、根っからの悪人でもありません。虐待的な親に育てられた子どもは、生き延びるために悪くならざるを得ないものですが、オディールはそうではありません。」

 現役の振付家との活動にも熱心なロホが尊敬する、Kim Brandstrupについて。
「次回は更に先へ進むことになると思います。彼は同じことは繰り返しませんから。」

 彼女は"Stress in the Performing Arts"という内容で博士号取得にも取り組んでいる。
「私は、スタジオでは素晴らしいことをできる才能ある人たちの一部が、舞台ではどうして同じことをできなくなってしまうのかとずっと思い続けてきました。」

 バレエ団を運営したいという長年の願望もある。
「私は破壊者ではありませんが、革命家ではあります。百年も前のトレーニング方法を今も使い続ける理由はありません。世の中の全ては、バレエの振付けも含めて変化しています。技術的な要求はこの10年間ですら増大しています。スポーツ科学の分野から人体の能力について学べることはたくさんあります。また、バレエは社会から安穏と孤立していてはいけません。バレエはもっと芸術の責任を果たすことに踏み込まなければなりません。バレエが表面的で変わったことばかりに没頭していることに対して、人々がもう見たくない、我慢がならないと考えているということを直視し、バレエに反映していく必要があります。私は”大ボス”になりたいのではなくて、バレエを次の世紀につなげていきたいのです。」
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by voyager2art | 2011-04-25 08:40 | バレエ

輝く美しさ/崔由姫 & ポルーニン & ロイヤルバレエ/シンデレラ

 楽しみにしていた崔由姫(チェ・ユフィ)さんのシンデレラ。4日前の公演で怪我のため秋の精を降板していたので心配していたけれど、大きな怪我ではなかったようで一安心。一体どんな踊りを見せてくれるのかとわくわくしながら幕が開くのを楽しみに待った。


Cinderella

Music: Sergey Prokofiev
Choreography: Frederick Ashton


Cinderella: Yuhui Choe
The Prince: Sergei Polunin
Step sisters: James Wilkie, Thomas Whitehead
Father: Alastair Marriott
The Fairy Godmother: Francesca Filpi

The Fairy Spring: Emma Maguire
The Fairy Summer: Olivia Cowley
The Fairy Autumn: Akane Takada
The Fairy Winter: Claire Calvert
etc.

Conductor: Pavel Sorokin
The Royal Ballet

23rd April 2011 (Sat) 12:00 -



 幕が開くと、あれ、いつもと顔立ちが違って見える。主役だからお化粧は濃い目なのかな。でも彼女らしい、穏やかで優美でチャーミングな雰囲気は変わらない。ただ、この幕は義姉妹が強烈なインパクトを放つので、ちょっとユフィさんは脇役っぽい感じ。僕はユフィさんのファンだから、彼女の更なる飛躍を願って敢えて辛口で評価すると、彼女にはあと一歩、個性の強さを明確に放ってほしいと思った。これはこの幕だけではなくて、あとの幕でも四季の精と一緒に踊るときにも感じたことで、こういうときの彼女は「脇役のリーダー」という雰囲気に落ち着いてしまう気がする。どこか脇役慣れしているという感じがあって物足りない。ユフィさんにはプリンシパルに上がってほしいけど、そうなると彼女が渡り合う相手はヌニェスだったりロホだったりコジョカルだったりと、技術の卓越ばかりでなく、強い個性と演技力の持ち主なのだから、ここはあと一皮むけてほしいところ。
 それからもう一つ、箒のパドドゥ(ソロ?)などの場面でも、動きは本当にきれいだし冴えているんだけど、物語を「語る」という部分であと一歩が欲しいなと思った。たとえば先日観たベンジャミンのマノンでは、マノンがなにをどう感じていて何を言おうとしているのかが、本当に手に取るように伝わってきた。コジョカルのジゼルやシンデレラでも、心理の表現が見事で明確に物語が語られている。
 こういうのは実際に主役をやらないとなかなか身に付かない表現力なのだろうし、だからこそモニカ・メイスンも彼女をこうやって主役に起用しているのに違いない。このチャンスを活かして、プリンシパルの座を早くつかみ取ってほしい。

 とは言え!!
 随分と偉そうなことを書いてしまったけれど、彼女の品があって美しい踊りは本当に素晴らしかった。彼女の持ち味は今日の舞台の随所に現れていて、例えば第3幕の舞踏会のシーンでは美しい衣装を身に纏い、溢れんばかりの輝かしい美しさで登場する。この容姿と雰囲気の美しさはまさに彼女ならではで、こういう場面の存在感のある美しさでは彼女は他の誰にも引けを取らないし、だから3幕の舞踏会や4幕の最後なんかもとてもきれいで大満足。特に4幕は本当に良かった。ファンのひいき目を抜きにしても、ここは会場に来たお客さんを完全に満足させるだけの、本当に素晴らしい踊りだったと思う。


 あとは、僕自身の今日の発見として、本当に遅ればせながらようやくポルーニンの良さが分かってきた。何を今更と言われるかもしれないけど、高いジャンプと安定した下半身で、土台のしっかりした力強さ。もっと華やかな踊りを見せる人は他にいるけれど、彼は彼で独自の持ち味があるということがやっと分かってきた。色々と分かったようなことを書いているけど、すみません、僕の理解度なんてこんなものです。

 四季の精では相変わらずの冴えを見せるエンマ・マグワイアと高田茜さん。今日の四季の精は4人ともFirst Artistだけど、この二人は動きの冴えと表現力であとの二人を完全に引き離していた。高田茜さんは来シーズンのくるみ割り人形と眠りの森の美女で主役に大抜擢されたのできっとFirst Soloistに昇進するのではないかと思うけど、マグワイアも思い切りのいい切れのある踊りを武器に、きっとすぐに上がってくるだろうと思う。
 妖精のゴッドマザーは、今日はラウラ・モレラではなくてフランチェスカ・フィルピ。モレラよりも軽やかで、でも存在感と美しさはちゃんとあるいい踊りだった。この人もFirst Artistで、こうみるとロイヤルバレエって層が厚いなあ。


 今日、僕の隣の席には「バレエを見続けて30年」という感じのおじさんが座っていた。休憩時間に話をしていて、「お前はバレエを見始めて何年くらいだ?」と訊いてくるので2年くらいかなあと答えると、「じゃあいいダンサーを見逃してるんだな」なんてことを言う。でも本当にバレエが好きというのが伝わってくるとてもいい人で、色々と話を聞かせてくれながら、ユフィさんのことも色々と訊いてくる。僕はそれほど彼女のことを知っている訳ではないけど、彼女が韓国籍で日本で生まれ育ったことや、ローザンヌのコンクールで賞を取ってからロイヤルバレエに入ったことなどを話した。その彼も、終演後には「彼女はプリンシパルになるよ」と褒めていた。本当に、僕もそうなってほしいなあ。

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 左端がエンマ・マグワイアで、右端が高田茜さん。
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 妖精のゴッドマザーのフィルピ。
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 ポルーニンとユフィさん。
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by voyager2art | 2011-04-24 07:46 | バレエ

衝撃/ベンジャミン & マクレー & ロイヤルバレエ/マノン

 ロイヤルバレエのマノンの初日。マノンという物語をほとんど知らず、しかもベンジャミンという人もあまりよく分かっていないまま、とりあえず安い席で観てみようと軽い気持ちでチケットを買った。そして実際の舞台を観て圧倒され、衝撃を受けた。

 最初の1幕と2幕は色々と考えながら観ていたけど、最後の3幕の、沼地のパドドゥで全てが吹っ飛んだ。欲望と愛憎に翻弄されて運命の階段を転げ落ち、囚人となって流刑地に送られるマノン。そこで看守に犯され、絶望と汚辱の底まで沈んだ果てに激しく燃え上がる純粋な生命の炎の凄絶な美しさ。ベンジャミンとマクレーの表現力の、とてつもない深さと力強さ、美しさに飲み込まれる。初めてシュトラウスのサロメの舞台を観たときのような、価値観をひっくり返されるような衝撃だった。

 今日はもう言葉で何かを色々と書けるような状態ではない。またマノンは何度も観に行くので、細かいことは次回以降書くことにします。


Jules Massenet: Manon (Orchestration: Martin Yates)

Choreograph: Kenneth MacMillan


Manon: Leanne Benjamin
Des Grieux: Steven McRae

Lescaut: Ricardo Cervera
Monsieur G.M.: Christopher Saunders

Lescaut's Mistress: Laura Morera
The Gaoler: Gary Avis

etc.


Martin Yates (Conductor)
The Royal Ballet


21st Apr, 2011 (Thu), 19:30 -
Royal Opera House, Covent Garden, London
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by voyager2art | 2011-04-22 07:45 | バレエ

同じ人/コジョカル & ポルーニン & ロイヤルバレエ/シンデレラ

 今日はコジョカルのシンデレラ。先日の復活でとてもいい演奏を聴かせてくれたマゼールが、今日はマーラーの6番を演奏する日だけど、今の僕にはコジョカルを見逃す訳にはいかない。3ヶ月前だったら多分マーラーを聴いていたと思うのに、自分でもびっくりするような勢いでバレエにのめり込んでいる。最近は何だかSlip(ロイヤルオペラハウスの最上階両脇の安い席)の住人のようになってきた。


Cinderella

Music: Sergey Prokofiev
Choreography: Frederick Ashton


Cinderella: Alina Cojocaru
The Prince: Sergei Polunin
Step sisters: Jonathan Howells, Alastair Marriott
Father: Bennet Gartside
The Fairy Godmother: Laura Morera

The Fairy Spring: Emma Maguire
The Fairy Summer: Melissa Hamilton
The Fairy Autumn: Akane Takada
The Fairy Winter: Claire Calvert

The Jester: Fernando Montaño
The Prince's friends: Ryoichi Hirano, Ricardo Cervera, Valeri Hristov, Dawid Trzensimiech



Conductor: Pavel Sorokin
The Royal Ballet

19th April 2011 (Tue) 19:30 -


 会場で配役表をもらうと、配役変更の小さな紙もあって、そこには何と崔由姫(チェ・ユフィ)さんが怪我で秋の精を降板、とあった。何てことだ! 彼女の代役を高田茜さんが勤め、本来茜さんが踊る予定だった春の精をエンマ・マグワイアが踊るとのこと。
 これを読んで僕は心配でたまらなくなった。彼女は4日後の公演でシンデレラの主役を踊ることになっていて、僕はこの公演を本当に楽しみに待っていた。すぐに治るような怪我だけど大事を取って降板した、というくらいならいいんだけど、大丈夫なのだろうか。一刻も早く回復して、元気に舞台に戻ってきてくれることを心から祈っています。


 動揺を覚えながら観始めた今日の舞台だけれど、コジョカルはやっぱり上手かった。技術も表現力も、本当に桁違い(そういう桁違いの人がロイヤルバレエには他にもいるんだけど)。ジゼルオディールもとんでもなく上手いと思ったけど、これらの役を踊ったときのコジョカルは役を作っていたのに対して、今日のシンデレラは素の彼女自身にずっと近い役柄として、ぐっと自然体で踊っていたように感じた。(恐らく彼女自身のものである)明るく可憐な華やかさが煌めいて、例えば箒と踊るソロ(パドドゥ?)なんかは貧しい服装なのにとてもきれい。その箒を立てて持ち、直立したまま片足をぱっと上げる動きなども、なぜこんなに高く真っすぐ、しかも素早いのに柔らかく上がるのかと溜め息が出る。

 一方で、箒と踊っている途中にその箒を取り落とす場面があって、そこでの箒の落とし方があまりにも自然で、観ているこっちがアクシデントかと思わず勘違いしてしまうほど。また、妖精の女王が出てきたときに、シンデレラが思わず妖精の女王の美しい衣装に手を触れる場面がある。ここでもコジョカルはさりげないけど明確に、シンデレラの自身の身なりに対する引け目と、そして美しい服への女の子らしい憧憬を表現する。前にヌニェスの回を観たときには、この動作には気付かなかった。前回は座席も悪かったので、僕が見落としただけだろうか。いずれにせよ、こういう細かい表現の積み重ねと洗練はコジョカルの独壇場という気がする。

 もう一つ印象的だったのは、片足で立って上体を倒し、もう一方の足を垂直に上に伸ばす姿勢。これはヌニェスもとても上手で、長い足がすっと上下に180度に伸びたところは本当にきれいなんだけど、今日のコジョカルも全く引けを取らない。不思議なのは、コジョカルの方が小柄なのに、上体の倒し方が上手いのか、この姿勢を取るときの動きはコジョカルの方が大きく見える。この動作一つを比べるだけでも、バレエの底知れない奥深さが見えるような気がした。

 妖精の女王を踊ったラウラ・モレラも、威厳と美しさが両立していて素晴らしかった。前に観たラプソディーのときは余り感心しなかったんだけど、今日の妖精の女王は文句なしに良かった。
 王子役のポルーニンは、怪我で降板したペンネファーザーの代役。本当に若いし、これからどんどん伸びる余地があるのだろうと思わせる踊りっぷりだった。ちなみに僕はいつもコジョカルが見せる重力を全く感じさせないリフトが本当に好きで、いつもそれを楽しみにしていた。今日ももちろん良かったんだけど、持ち上げられる瞬間と着地の瞬間こそいつものように柔らかかったものの、空中での動きはちょっといつもと違った。やはり組む相手が違うと勝手も違うのだろうというのは容易に想像はつくけれど、改めてコボーの凄さを垣間見た気がした。

 前回は表現がやや辛辣に感じた義姉妹も、今日は柔らかいユーモアに包まれて見えた。踊っているダンサーは同じ人たちなので、きっとコジョカルの温かい優しさの表現が舞台全体に波及したのに違いない。最後に落とした靴がシンデレラのものだったと分かって落胆する義姉妹たちをシンデレラが優しく励ますシーンがあって、ここは見ていて思わずホロッとしてしまいそうなほど、温かい表現になっていた。
 今日もとてもいい舞台だった。次はいよいよ崔由姫さん。怪我が治って、素敵な踊りを見せてくれますように。
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by voyager2art | 2011-04-20 08:51 | バレエ

皇帝の花嫁/ロイター & グバノワ & ポプラフスカヤ/エルダー & ロイヤルオペラ

 久しぶりのオペラ。マーク・エルダーが指揮するリムスキー・コルサコフの皇帝の花嫁を観てきた。

Rimsky-Korsakov: The Tsar's Bride

Johan Reuter (Grigory Grigor'yevich Gryaznoy)
Vasily Gorshkov (Bomelius)
Ekaterina Gubanova (Lyubasha)
Marina Poplavskaya (Marfa)
Paata Burchuladze (Father of Marfa)


Mark Elder (Conductor)
The Royal Opera

The Royal Opera House, Covent Garden, London
18th April, 2011 (Mon) 19:00 -


 このオペラのストーリーを全く知らないままチケットを購入。あらすじはWikiの解説を読んで頂くとして、実際の上演で一番気になったのはやはり演出。舞台を完全に現代に置き換えている。写真はロイヤルオペラのものを拝借。
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 古典作品の舞台を現代に置き換えること自体には僕は抵抗はないし、設定が今であれ昔であれ、そこから何が読み取れるかが重要だと思うけど、今日の舞台はなかなか意図がわからない。冒頭は小ぎれいなレストランで、ロイターの演じるグリゴリーが、血の付いたシャツを着ている。彼の前には、椅子に縛り付けられ、頭に布をかぶせられた血まみれの男がいる。この男はじきに死に、大きな箱に入れられて運び去られ、そのあとはマフィアのようなメンバーが集まって宴会が始まる。最初からヴァイオレンスのにおいがきな臭く漂う。
 第二幕も治安の悪そうな、薄汚れた街の一角で、不穏な空気に満ちた舞台。皇帝の親衛隊は、もともとの歌詞でも「あいつらは犬以下だ」と庶民から罵られてはいたけれど、もう完全に現代のギャングとして現れる。

 僕はここまで観て、皇帝をマフィアのボスに置き換えて物語を作り直しているのかと思った。でも、そうするとデュナーシャの母親が、自分の娘が皇帝の花嫁候補に選ばれたことに興奮して喜んでいる理由がわからない。
 全体として筋が通らず、しばらく観ていて居心地が悪かった。でも皇帝の使者がマルファのもとに来て、マルファが花嫁に選ばれたことを伝えるときに、「全ロシアを統べる皇帝が・・・」を口上を述べ始めたときに、ふとこれは現在のロシアの権力者を皇帝という設定にしているのではないかと思った。そうすると、内容の是非はともかく、この演出がロシアの権力者批判という図式になっているということで辻褄が合ってくる。ただしこれが本当に演出家の意図なのかどうかは僕には自信がない。

 ただ、もともとこのオペラの筋書きが社会的な事柄を題材にしたものではなく、極めて個人的で濃密な愛憎劇になっているので、どうしても物語がそちらに引っ張られる。従って、この物語を現代的な演出にしたこと自体のインパクトが脇へ押しやられてしまう。僕はこの演出のアイデア自体は面白いと思ったけれど、画期的な結果となったとも思えない。

 今日の歌手陣は、マルファを歌ったポプラフスカヤが音程が安定しない場面がところどころにあったのが残念だったのと、マルファの父親役のブルチュラーツェは歌い方が不自然に大げさだったのが気になった。でも全体としては高水準で、グリゴリーを歌ったロイターをはじめ、特に男性陣の歌が非常に良かった。
 また、エルダーの指揮するオーケストラも素晴らしい音を出していた。本当に同じオーケストラなのかと疑うほど、バレエのときと音が違う。頼むからバレエでもこれくらい気合を入れて演奏して下さい。


 でも、僕が今日の舞台を観て本当に問題だと思ったのは、何よりもオペラの筋書き自体。誰も幸せにならず、登場人物の全員が不幸と絶望の底に沈んでいく物語には救いが全くなくて、いくらオペラとはいえこれはどうかと思った。人間の醜さや愚かさに焦点を当てること自体は芸術になくてはならない視点だとは思うけれど、とはいえ僕はここまで絶望的になれる人間ではない。そこに何か救われるような要素がほしかった。重苦しいオペラだった。
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by voyager2art | 2011-04-19 08:10 | オペラ

春はあと何度来るのだろう/マゼール & フィルハーモニア管/マーラー「復活」

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 ようやく出張から帰ってきて、ロンドンの食の選択肢の豊富さに狂喜しているこの週末。久々の演奏会は、本当に久しぶりのフィルハーモニア管で、先週から始まったマーラーサイクルの第2弾。本当は第1弾も行きたかったけど、出張のため断念。
 会場は、これまた久しぶりのロイヤルフェスティバルホール。柔らかい夕陽が優しく差し込む中で、演奏会が始まった。
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"Maazel: Mahler Cycle 2011"

G. Mahler: Symphony No.2 "Resurrection"

Sally Matthews (Soprano)
Michelle DeYoung (Mezzo-soprano)
BBC symphony chorus

Lorin Maazel (Conductor)
Philharmonia Orchestra

17th Apr, 2011 (Sun), 19:30 -
Royal Festival Hall, Southbank Centre, London


 第1楽章は気合い充分の開始。やや遅めのテンポながらしっかりとした造りの演奏で、マゼールにしては珍しく正攻法か、と思ったけれど、そのうちに彼らしい溜めやテンポの変化が出てくる。ただしもともとこの曲が極めてドラマティックな音楽なので、奇抜さは感じず、むしろ効果的に決まっていく。
 本当に僕が驚いたのは、ドラマティックな部分がひとしきり盛り上がったあとに来る、静かで美しい第2主題。マゼールはここでぐっとテンポを落とし、優しい旋律を極めて繊細に美しく、まるで春が優しく柔らかく膨らんで世界を包みこむような演奏をした。
 ここはこの楽章の中でも本当に美しい部分だし、どんな指揮者でもここをすっ飛ばしていくようなことは絶対にないけれど、それでも今日のマゼールほどに、ここに重点を置いて豊かな音楽を聴かせた指揮者はいなかったのではないか。深刻さや、哲学的な深さのある演奏というのではなかったけれど、この部分が今まで考えたこともないほど豊かで広い世界を持った音楽だということを、僕は今日の演奏で初めて知った。

 音楽が勇壮な行進曲に戻るとテンポを元に戻し、優しく美しい音楽になるとテンポを再び遅くするということを繰り返して、最後はどっしりと終わった。正直に言うと、さすがに第2主題を何度も遅いテンポで繰り返されると、その音楽に飽きてくるのは否めない。この曲はマーラーの作品としては初期のものだし、音楽自体が後の作品のような複雑さと奥深さを持つには至っていないのは事実だ。それでもマゼールの音楽の構成のバランスが面白かったことは間違いないし、この曲に対する新たな視点を与えてくれたという点で、僕にはこの楽章の演奏は極めて興味深いものだった。


 続く第2楽章。ここから、音楽が予想と異なる方向に進んでいくのをはっきりと感じた。レントラー風の音楽が、暖かい春の日のそよ風のように、非常に穏やかにやさしく演奏される。前の楽章の第2主題の春の穏やかさが、ここでもまだ続いていて、静かに流れ続ける音楽は感傷的な香りに満ちていた。
 僕はこの楽章の演奏を聴いて、マゼールは歳を取ったと思った。今までマゼールという指揮者はほとんど聴いてこなかったので、彼がどういう音楽をやる人なのかということをきちんと理解しているわけではないけれど、今まで何度か聴いた演奏からは、奇抜で色気の抜けない演奏をする人という印象を持っていた。ところが今日のマゼールは力みのない老いの境地のような演奏をやっている。そういう印象がまた、聴こえてくる音楽の感傷に追い打ちを掛ける。

 第3楽章も、スケルツォではあるけれども諧謔を前面に出した演奏ではない。金管楽器が表に出る部分では力感も充分にあるけれど、緊張感で音楽を作るのではなく、この楽章でもやはり中間部の美しい音楽が中心にある。そしてここでも季節は春。ただし前の二つの楽章とは違って、ここではまさに春爛漫、花々が妍を競って咲き誇り、絢爛たる色彩と芳香に満ち溢れた、あでやかな風景が繰り広げられる。
 この中間部が終わるとまた力強い音楽に戻るけれど、それもまたすぐに春霞の中に朧に溶け込んでいくような、どこまでも春の空気に支配された音楽のように聴こえた。


 ここまで聴いて、僕はマゼールがこの曲を春の交響曲として演奏しようとしているのかと思った。そう言えば第1番は冬から早春に掛けての音楽と言ってもいいものだし、第3番は夏の交響曲だから、季節の流れとしてはちょうど辻褄も合うなと思った。でも、それは僕の早合点だったらしく、どうやらそういう訳でもないらしいというのが続く二つの楽章で分かってきた。


 第4楽章は冒頭のトランペットとホルンのコラールの美しさが際立った音楽で、金管楽器をやったことのある人はほとんどみんな好きな曲じゃないかと思う。実際このコラールは本当に美しかったのだけれど、残念ながらデヤングの歌がこの音楽には合っていなかった。彼女は非常に大柄なので、ナタリー・シュトゥッツマンのように深い声を聴かせてくれるのかと思ったら、そういうわけでもない。声はよく出ているし悪い声ではないけれど、少し浮ついた感じで、一生懸命に歌おうとしているのが却ってこの曲の神秘感から遠ざかる結果になってしまったように思う。僕はこの楽章で集中力を保てなかった。

 でも、その後の最終楽章は素晴らしく鮮やかな導入で始まり(ドラが一発、タイミングがずれたのが惜しかったけど)、彫りの深い演奏が続く。ホルンのバンダが最高音のFを酷い音で吹いていたのが、もちろん難しいとはいえ残念だったほかは、各楽器のソロも安定して上手く、聴き応え充分。トロンボーンとチューバのコラールは、元チューバ吹きとしては一番楽しみな部分だったけど、美しい響きに聴き惚れた。金管楽器といえばホールに轟き渡るフォルティッシモ、というイメージを持つ人も多いと思うけれど、金管楽器が最も美しいのは何といっても最弱音を吹くとき。僕も日本にいた頃に復活を吹いたときは、このコラールばかり練習していた。

 このコラールのあと、打楽器の長いクレッシェンドに続く金管楽器が異様に遅いテンポだったのはさすがマゼールという感じだったけれど、ここからの盛り上がりは素晴らしかった。純粋でひたむきで、音楽がいきいきと活力に満ちてどんどん前に進んでいく。そして音楽が一度静まったあとに入ってきた合唱の美しいこと! この合唱に途中から加わり、次第に上へ抜けていく美しいソプラノも声量充分で良かった。ただ、ソプラノのマシューズは、以前ロンドン交響楽団で聴いたときは本当に美しいと思ったけれど、今日は会場のせいかやや声の印象が薄かった気がした。

 音楽はこのまま最後まで一直線に盛り上がっていき、バンダのホルンとトランペットも最後に合唱の脇に現れて演奏に参加。マゼールはここでは変なことはせず、譜面に従って完全に正攻法。オルガンも入って圧倒的な音の響宴となり、素晴らしいクライマックスを作り上げて演奏を終えた。
 この最後のクライマックスは純粋で前向きな清々しい演奏で、本当にすごかった。でもこのクライマックスが前向きであればあるだけ、最初の3つの楽章で感じた老いと感傷の影が、僕の印象の中に抜き去り難く入り込んできた。歳を取って穏やかな音楽をやるようになったマゼールと、そんな彼を通して垣間見える人の老いの宿命的な哀しさ。しかしそれでいてなお、芸術という高峰に挑み続けるマゼールの姿は心を打つ。そういうことを意識させずにはいない何かが今日の演奏にはあった。
 ほろ苦さと爽やかさが同居した復活。こんな復活があるとは考えたこともなかった。今まで何度も実演で聴いた曲だけれど、今日の演奏ほど心の深い部分まで届いた演奏は今までなかった。素晴らしい演奏だった。


 最後にもう一つ。マゼールというと「鬼才」という印象が強かったけど、彼のオーケストラを歌わせる手腕の見事さには感心した。好き嫌いはともかく、彼の演奏にはどこをとっても音楽が停滞している部分がないし、ちょっとした節回しの変化なども、見事な棒さばきでプレイヤーに明確な指示を出す。ウィーンの歌劇場の音楽監督を務め、カラヤン後のベルリンフィルの音楽監督の最有力候補となった実力は伊達ではないということを、今日はっきりと見せつけられた。彼のマーラーサイクルが、俄然たのしみになってきた。
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by voyager2art | 2011-04-18 08:36 | オーケストラ

モスリンスクエアプロジェクト

 ロンドン在住のピアニストの松本さやかさんという方が、今回の地震で被災した乳幼児のお母さんたちを支援するために、モスリンスクエアプロジェクトという企画を立ち上げ、モスリンスクエア(子育て用の布)を被災地に送るという活動を行っていらっしゃいます。
 プロジェクトの内容や、募金の方法などの詳細はこちら。
http://sayalondon.exblog.jp/14539158/

 活動の内容自体もさることながら、本当に支援を必要としている方々に品物が届くよう細かな配慮もしていらっしゃって、大変感銘を受けました。僕も何がしかの支援をしたいと思い、このブログで紹介させて頂くこととしました。

 被災地では乳幼児のいるお母さんたちが大変な苦労をされているとのことで、このプロジェクトで一人でも多くのお母さん、お子さんが安心を得られるお手伝いをできればと思います。このプロジェクトにご興味のある方、ご賛同頂ける方は、彼女のブログ(大変豊かで充実したブログです)を訪問してみて下さい。このプロジェクトにかける、松本さやかさんの素晴らしい行動力と熱意がご理解頂けると思います。
 一人でも多くの方にご賛同頂ければ幸いです。
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by voyager2art | 2011-04-12 07:33 | その他

チラム

 チラム(Chilham)はカンタベリーからバスで30分ほどの場所にある。ここはライ(Rye)のように有名な、いわゆる観光地ではないようで、バスに乗ったお客さんの数も少なく、その人たちもほとんど途中で降りていった。チラムに着いたときには僕の他にはおばあさんが一人だけ。
 さて、その到着したチラム村、バス停は街外れにぽつんと立っているだけなので、そこからどう行けばいいのかよくわからない。
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 人気のない静かな村で、日光だけが燦々と明るく降り注いでいる。観光地でも何でもないので、人の流れに着いていくこともできない。バスの運ちゃんに訊くと、道の一方を指差してあっちだと教えてくれた。ありがとうとお礼を言って、その方向へ歩き始める。
 先にバスを降りて歩いていたおばあさんも、僕と運ちゃんの会話を聞いていたのか、僕に話しかけてきてくれた。あなた街の広場へ行くの? 僕はチラムという街の名前だけしか知らずにここへ来たので、村に広場があるのかどうかも全く知らない。そう答えると、じゃあこの道を真っすぐ行って丘を登ると広場に出て、そこが歴史の古い街のあるところよ、と教えてくれた。どうもありがとう!
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 勇んで歩き始めるけど、本当に静かな村でちょっと驚いた。とりあえず村の入り口に一軒の宿があり、そこにパブがあったので、食事はできることを確認。お昼過ぎなのでお腹が空いていたけど、とりあえず村の中心までは行ってみようと歩き続ける。
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 こぢんまりとした村で、全然人が歩いていないので何だか非現実の中にさまよい込んだような錯覚に陥る。こんな場所は初めて。

 5分も歩かないうちに、街の広場に到着。広場と言っても、ちょっとした広さしかなく、20台くらいの車が並んでいる。その周囲には、レンガと白壁が美しいコントラストをなす可愛らしい家が並んでいる。その一角にはパブがあり、地元の人とおぼしき人たちがビールを飲んでいる。別の一角には教会があり、その対面には荘園領主の館とおぼしき広大な庭園のある邸宅があるけれど、この庭園は普段は非公開で入ることはできない。
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 とりあえず一軒だけあったカフェでサンドイッチを食べて、この村を歩き回ることにした。でも歩いてみて分かったのは、この村は歩き回れるほど大きくないということ。どの道も、少し歩いただけで周囲に家がなくなる。
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 とりあえず教会の敷地に入ってみた。家族連れが一組いて、両親がのんびりしている横で子どもたちが元気一杯に走り回っていた。
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 教会の裏手の庭に回ると、もうこの子どもたちの遊び声も聞こえない。ベンチに腰掛けると、不意に周囲がしんと静まり返った。遠くあちこちで小鳥が鳴いているのが、途切れることなくかすかに聞こえてくる。ずっと遠くの道を行き交う自動車の音がかすかな通奏低音になっていて、これも途切れることがない。それ以外には何も聞こえない。
 完全な明晰さで輝く陽光の下で、音も立てずかすかにそよぐばかりの緑に囲まれて、濃くて深い静寂に包まれていると、また非現実の世界に入り込む心地がする。ここでは時間は流れているのか、止まっているのか。あるいは、そもそも時間は存在しているのか。
 この場所でしばらく非現実感に身を委ね、明朗と静寂のはざまに遊ぶ。


 少し経ってから、カフェに戻ってクリームティーを頼んだ。自家製の巨大なスコーンが2つ出てきてびっくりした。これはちょっと食べきれないな。でも、外はサクッとしていて中はしっとり。とてもおいしい。食べ物の貧しいイギリスで、唯一諸手を上げてその美味しさに賛同できるのがクロテッドクリームをつけたスコーン。おなかに入る限り詰め込んだ。
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 戸外のテーブルでスコーンを食べながら、強さと鮮やかさを増す光に包まれて、色彩の氾濫に襲われる。本当にここはどこなんだろう。今はいつで、自分は誰なのか。強烈な陽の光に意識が輪郭を失って溶け出していくような気がした。
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by voyager2art | 2011-04-10 19:26 | 旅行記


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