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永遠のローマ

という名前の半日ツアーに参加した。行ったのはコロッセオ、フォロ・ロマーノ、そしてパラティーノの丘。どれもローマの古い遺跡。3つのサイトを見たと言っても、そのほとんどの時間をコロッセオで過ごした。写真では見たことがあったけど、やはり実際に自分の目で見てみると、これが2千年も前に建てられたということに感嘆の念を覚えずにはいられない。
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 いったい古代ローマの人と社会が、どうしてこれだけのことを成し遂げられたのか、彼らを当時の他の民族や社会から峻別したものはいったい何だったのか。僕の興味を惹くのはこの建物だけではない。ここでは地下にも仕掛けがあって、虎やライオンなどの猛獣を地下の檻に入れておき、人と戦わせるために人力のリフトで地上に持ち上げ、観客からは突然地面から猛獣が涌いて出たような印象を与えたという。その残酷さはひとまず置いておくとしても(2千年前の価値観をとやかく言うつもりは今はない)、そういう演出で"エンターテインメント"を盛り上げた、完成された一つのショーのシステムがここにはあったことになる。これは人の営みとして、本質的に現代の都市社会と同じものがここにはあったということだ。

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 この、補修を加えられつつも半ば朽ちかけた遺跡には、当時の人々の生活の痕跡が深く染み込んでいて、見ているだけでもそれらの古い記憶がゆらゆらと立ち昇ってくるように思えた。ローマの歴史と文化にむくむくと興味が涌いてきた。これはちょっと勉強しなければ。

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 次に向かったのはフォロ・ロマーノ。フォロ・ロマーノは、英語で書くとRoman Forum。公共の催し物が開かれた場所だとか。今ではもう廃墟のような場所になっている。
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 でもただの廃墟かと思いきや、ここにはごく当たり前のことのように、ぽつんとカエサルの墓(正確には彼が火葬された場所らしいけど)があったりする。
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 ここも有名な場所なので、観光客がいっぱい。でも昔もたくさんの人が集まった場所なんだし、人がいる方がよく似合う。
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 このあとはパラティーノの丘へ。ここには歴代のローマ皇帝が居を構えたらしい。ここも廃墟。兵(つわもの)どもが夢の跡。夢もさすがに千五百年を超えると、スケールが違う。
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 今日はかなり歩き回って疲れたけれど、たまらなく面白かった。まったく、なんて街だ。
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by voyager2art | 2011-05-31 06:36 | 旅行記

東日本大震災で被災された赤ちゃんとお母様達のための支援コンサート

先日来このブログでもご紹介している、ロンドン在住のピアニスト松本さやかさんのモスリンスクエアプロジェクトですが、彼女が他の音楽家の方々とともに、ロンドンでチャリティー公演を行うそうです。
詳細は松本さやかさんのブログか、下記の案内情報をご参照下さい。


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 Appeal Concert in aid of New Born Babies and Mothers
(東日本大震災で被災された赤ちゃんとお母様達のための支援コンサート)

日時:2011.6.10(金)/ 開場18:00 (オニギリなどのcash bar有り) 開演19:00
会場:Pioneer Hall, 48 Bryanston Square, W1H 2EA London
(Wetherby Preparatory School)(Marble Arch駅から徒歩6分。地図はこちら
主催:Marylebone Champagne Society

出演者: 登川直穂子(Soprano)、 山本耕平(Tenor)、米田真紀(Piano)、松本さやか(Piano solo)

全席自由:無料(当日、会場にてモスリンスクエアプロジェクトの為の寄付金を募ります)。

曲目:オペラ・蝶々夫人(ハイライト)、滝廉太郎「荒城の月」、高田三郎「くちなし」、ラフマニノフ「プレリュード」、ほか

(私自身は以下の7曲を演奏予定です)
ラフマニノフ作曲:「ライラック」「デイジーズ」
ラフマニノフ作曲: プレリュード  Op.23-4,5,6 Op.32-12
松本さやか作曲:「夕桜」


※このコンサートは、東日本大震災で被災された赤ちゃんやお母様の支援の為のチャリティコンサートです。当日会場で寄付された募金は、ロンドンから被災地へイギリスの子育て万能布を送る「モスリンスクエアプロジェクト」に寄付されます。

※寄付先の「モスリンスクエアプロジェクト」の詳細はこちらです。
モスリンスクエアプロジェクト公式ホームページ http://muslinjapan.com

※コンサートの詳細チラシは添付ファイルをご参照下さい。

※入場無料ですが座席数が限られている為、基本的に予約制となっております。
私の方でも予約を承っていますので、お手数ですが以下のE-mailアドレスからメールにてご予約頂ければ幸いです。
予約:info@borderlessmusic.com(松本)

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by voyager2art | 2011-05-30 19:57 | その他

速報・ローマ

 ローマに来ました。今日の夕方に着いたばかりなのでまだ観光はしてないけど、この街はすごい! 女の人がきれい〜!! 地元の人が集まるレストランで食事をしていても、美人が多くて目があと4つか5つくらいほしくなる。ああ、ローマ人に生まれたかった・・・
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by voyager2art | 2011-05-30 05:59 | 旅行記

夢と輝く豊穣/マウリツィオ・ポリーニ ピアノリサイタル

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 今年ロンドンで5回にわたってリサイタルが行われるポリーニプロジェクト。今日は、本来は最終回として予定されていた演奏会だけれど、先月末の演奏会はポリーニが悪性の感冒に罹って6月に延期されたため、実質的には4回目のリサイタル。シュトックハウゼンとシューマン、ショパンというプログラム。最近のポリーニは不安定さが目立つ演奏が続いていたためか、客席には空席も目立った演奏会だったけれど、蓋を開けてみればとても信じられないような、奇跡的と言ってもいいくらい素晴らしい演奏会で、ポリーニのファンを長く続けてきて良かったと心底から思える一夜だった。


Maurizio Pollini Piano Recital

Karlheinz Shockhausen:
Klaviestücke VII
Klaviestücke IX

Robert Schumann:
Concert sans orchestra (first published version of Sonata No.3 in F minor Op.14)

(Interval)

Fryderyk Chopin:
Prélude in C sharp minor Op.45
Barcarolle in F sharp Op.60
Ballade No.4 in F minor Op.52
Berceuse in D flat Op.57
Scherzo No.2 in B flat Op.31


 最初のシュトックハウゼンは、僕にとっては全く未知の作曲家。どんな音楽が出てくるのかと思ったら、音と音のあいだの間(ま)の多い、日本人には非常に聴きやすい東洋的な感性の音楽で、まるで武満徹の音楽でも聴いているかのよう。ペダルを踏んで打鍵した後にペダルを浅くして響きを半分止めるような現代奏法も用いながら、ぴんと張り詰めた有機的な緊密さと、極めて個人的な親密さの同居した純度の高い音楽が続く。僕はこういう音楽を聴くと、日本の寺の庭を思い浮かべずにはいられない。雨の日の参詣者のいない境内で、庭に向かい合った縁側にひとり佇む、そんなイメージ。がちがちの論理の帰結としての作品ではなく、それでいて冴えた感性に裏打ちされつつも感覚に流されるでもなく、素晴らしい緊張感に満たされた透明な世界が描き出されていた。

 続く作品は、強い不協和音を延々と連打し続けることから始まる音楽。長い時間をかけて音が弱まり、何かのエピソードの兆しが僅かに見えたと思ったら、また不協和音の連打が続く。この連打は感性の自由な飛翔などとは全く無縁で、強靭な規律意識に支えられたかのような印象。僕は読経か何かの場で、修行として延々と鐘を打ち続けているようなイメージを持った。ここでもやはり音楽は東洋、それも日本の寺の厳しい空気を思い起こさせる。しばらくこの鐘の音が続いた後に、ようやく音楽は発展を始める。正直に言うと後の演奏がすごかったので詳細はもうだいぶ忘れてしまったのだけれど、目の前の空気が一瞬で凍り付いたかとおもうと、それが次第に緩んで大気の中に溶けていくような音楽が流れたりして、非常に面白い。白眉はこの曲の最後で、まるでポリーニのピアノの音が目の前で光の粒になって結晶し、きらきらと硬質に輝く無数の粒子が空気の中を舞い続けているような音楽。溜め息が出るほどきれい。

 僕はシュトックハウゼンの最初の曲の冒頭のいくつかの音を聴いたときに、最近のベートーヴェンやシューベルトの演奏会の冒頭では全く感じられなかった冴え渡る意思の力をはっきりと感じ、今日のポリーニが絶好調であることを直感的に確信した。続くシューマンのソナタは、演奏頻度は非常に低いものの僕は大好きな曲で、これを素晴らしい演奏で聴けるに違いないと大いに期待した。
 ところがソナタの演奏が始まってみると、さっきまで目の前でシュトックハウゼンを弾いていたのと同じ人かと思うほど、ひ弱な音楽が聴こえてきた。シューマンのこのソナタは力強い下降音階の主題で始まり、そこに鮮やかな分散和音がかぶさってくる、非常に演奏効果の高い曲。なのに、ポリーニの演奏ではその主題が弱々しく、続く分散和音も音がボロボロ抜けて、最近続いていた不安定さがまた今日も現れたのかと落胆せずにはいられなかった。

 ただ、ここから一体ポリーニに何が起こったのか、僕には本当に分からない。ソナタの提示部が終わり、展開部に入ったあたりから、俄然演奏が安定してきた。演奏が進むにつれて音楽の緊張度が増し、驚くような勢いで調子が上がってくる。再現部に入った頃にはポリーニらしい強く白熱する音楽が演奏を貫いて、ものすごい圧力で聴いているこちらに突き進んでくる。
 やっぱり今日のポリーニはすごいのだ、と改めて確信したところで始まった2楽章。この楽章は暗くて重い楽想の主題に基づく変奏曲なのだけれど、ここでのポリーニの演奏はシューマンの音楽の暗い側面をとてつもない説得力で描き出した。遅いテンポの旋律の向こう側には、シューマンの粘度の高い執拗な情熱とどす黒い野心が底流し、やがてそれが熱く沸騰して暗くて重い蒸気となって音楽の表面に噴き上がる。しかもそれでいながら、シューマンの音楽は払っても払ってもまとわりつくような濃厚なロマンティシズムに満たされている。究極的にはシューマンはやはりロマン派の作曲家であって、それゆえに聴き手である僕は、嫌悪感とともに彼の音楽をいやいや直視するのではなく、共感をもって彼の音楽にどっぷりと浸ることになる。
 続く終楽章は、シューマンの書いた音楽の中でも指折りの名曲だと僕は思っていて、ポリーニの演奏もまたその音楽の内容を余すところなく表現し尽くす。強い色、優しい色、淡い色、きつい隈取りをされた色、明るい色、暗い色。非常に速いテンポの演奏で、無限の色彩がめまぐるしく変化しながら、シューマンの錯綜した心理の綾が鮮やかに弾き分けられる。

 この演奏の説得力は、やはりポリーニが現代音楽をずっと弾き続けてきたことと大いに関係があると僕は思う。さまざまな語法で、さまざまな表現方法の限界を破ろうとする現代音楽に親しんできたポリーニには、ある音楽の表現をどこまで突き詰めると何がどれだけ広がり、その音楽が破綻する限界がどこにあるのか、そういうことが明確に見えているのではないか。だからこのシューマンの演奏のように、彼は人間の心の底のどす黒さをロマン派の音楽としての秩序が失われる寸前まで深く描き切り、他の人には真似のできないスケールで様式と内容のバランスを両立させているように僕には思える。
 彼の演奏技術は確かに昔に比べたら衰えたし、最近の彼は明らかにフォルティシモの音量が小さくなってきている。しかし音楽の表現の深さは一段も二段も深さを増しているようで、以前のように調子が良くなってくると音楽が巨大に膨らんでいくということがなくなったかわりに、音楽の人間的な厚みと深みが格段に自由度を増してきているような気がする。


 ここまでの演奏だけでもう帰れと言われても充分に満足できる素晴らしい演奏だったけれど、休憩の後のショパンはある方向の究極に達していたと言ってもいいほどの、さらに素晴らしい演奏だった。

 最初の嬰ハ短調の前奏曲は神秘的な美しさを湛えた音楽だけれど、ポリーニは殊更にその神秘性を強調しようとはしない。むしろかなりあっさりとした弾き方で、テンポも速く、音量も大きめに弾く。ところがそこから立ち昇ってくる音楽は、まさにこの曲に聴き手が求める神秘性を完全に備えていて、まるで暗い洞窟の上部の岩の割れ目からすっと細い光の筋が何本か差し込むような、透き通っていてしかも色合いの深くて豊かな、そういう音楽になる。この曲の最後の短いカデンツァのあとは、あっさりを通り越して素っ気ないような弾き方なのに、そこにも揺るぎない詩情が現れるのは、恐らく絶妙にコントロールされたアクセントや音色の結果に違いない。聴こえる印象よりも強く、彼は旋律の一部を強調したり、伴奏の特定の音にアクセントを入れている。


 この前奏曲も素晴らしかったけれど、続く舟歌からはさらに一段、音楽の純度と自由度が上がり、世界が広がる。シューマンのときと同じように強音に頼らない音楽作りをしているため、演奏全体が実に柔らかくバランスの取れた響きになる。しかも低音から高音まで美しい音で響いているので、全体としての響きの充実は完璧で、聴いていると演奏に黄金色の光が射して音楽全体がこの上なく明るく輝く。音楽自体の角も取れていて、昔のポリーニならどんな難所でもインテンポでバリバリと弾き切っていたところを、今はわずかにテンポを落として弾いたりするので、全く無理なく力みもなく、実に自然に音楽が流れるようになる。
 そして同時に非常に不思議なのが、先の前奏曲でもそうだったように、決して効果を狙った弾き方をしないにもかかわらず、音楽がその持てる魅力を完全に華開かせるところ。音楽が盛り上がるところで大抵のピアニストがテンポを落とすようなところでも、ポリーニは逆にテンポを上げることが多い。そしてそれがごく自然に音楽の高揚につながり、全く人工的なにおいを立てずに音楽のたゆまぬ流れを作り出す。僕はピアノがこれほど豊かに弾かれるのを聴いたことがないし、ショパンがこれほど豊かに演奏されるのも聴いたことがない。自然で、明るくて、柔らかいけど冴えていて、何か現身(うつしみ)の世とは無縁の明澄で豊穣な理想郷に遊ぶような、夢に浸っているような感覚に沈んでいった。

 ポリーニはどうやら新しい音楽の地平にたどり着いたらしい。あとの曲もどれも満ち足りていて、僕の夢想は途切れることなくポリーニの音楽の世界を漂い続ける。もう、一つ一つの曲についてこれ以上書く事は何もない。他の曲に比べると若い頃に書かれたスケルツォの2番でさえ、同じ黄金色に輝いて、豊かに流れる歌になる。これを究極と言わず他に何と呼べばいいのか、僕にはわからない。


 アンコールは二曲。作品27-2のノクターン(変ニ長調)と、革命のエチュード。革命のエチュードですら、遠い彼岸から聞こえてくるような、魂を別の世界にそのまま運び去られるような音楽になっていた。

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by voyager2art | 2011-05-26 09:09 | ピアノ

のしかかる緊迫感/キーンリサイド & モナスティルスカ & パッパーノ/マクベス/ロイヤルオペラ

 ロイヤルオペラでヴェルディのマクベスを観た。相変わらずの無教養ぶりながら、僕はマクベスを読んだことはないし、このオペラを観るのも聴くのも初めて。マクベス役はキーンリサイド、マクベス夫人はキエフ出身のモナスティルスカ。直前にストーリーを調べて、どうやら相当な悲劇らしいということだけは理解して会場へ行った。

Giuseppe Verdi: Macbeth

Simon Keenlyside (Macbeth)
Liudmyla Monastyrska (Lady Macbeth)

Raymond Aceto (Banquo)
Steven Ebel (Malcolm)
Dimitri Pittas (Macduff)
Will Richardson (Fleance)



Antonio Pappano (Conductor)
The Royal Opera

The Royal Opera House, Covent Garden, London
24th May, 2011 (Tue) 19:30 -



 幕が上がると黒い衣装に赤いターバンという、変な格好をした人がたくさん舞台にいる。ネットで調べたストーリーでは三人の魔女というのが出てきたけれど、今日の演出ではこのたくさんの人たちがみんな魔女だった。何だか変わっているなあとのんきなことを考えていたのも、しかしここまで。このあと現れたマクベスとバンコーの迫力のある力強い歌唱に、一気に作品の世界に引き込まれる。そして圧巻はマクベス夫人のモナスティルスカ。どっしりした体格から繰り出されるとてつもない声量と、素晴らしい貫禄が生み出す圧倒的な存在感がすさまじく、脂ぎった野心に満ちたマクベス夫人を完璧に描き尽くす。
 しかも、声の大きさで威圧するだけではないところがこの人のすごいところで、「運命は下されなければならない。死んでしまえば権力も無に帰してしまう」と弱声で歌う部分のぞっとする凄み。まるで人の心の中の闇自体が、禍々しい光を帯びて妖しく輝くよう。知性と誠実さのかけらを心に残しているために自分の野心に盲目的には従い切れないキーンリサイドのマクベスと、絶妙の対比を見せていた。

 他の歌手陣も、バンコー役のライモンド・アチェートを始め高水準。パッパーノの指揮するオーケストラも素晴らしい演奏で、厚くてしかも強い芯の通った響きがドラマティックに舞台をもり立てる。合唱の厚みと圧力を感じさせる歌も素晴らしい。ヴェルディの音楽は後年のオテロなどに比べれば音楽それ自体の表現力は劣るのは否めないけれど、それでもパッパーノとオーケストラおよび合唱の素晴らしい演奏に支えられて、登場人物の心理を鮮烈に描写する。

 また、力強く切り詰められ、高度に抽象的な舞台セットと照明も非常に良かった。抽象的ではあるけれど、随所にインパクトのある象徴的なシーンがちりばめられていて、特に3幕で、殺されたバンコーが彼の軍勢とともに現れるところでは、その軍勢が全員金色の鎧に身を包み、暗闇の中を金色の馬に乗ってゆらゆらと行進するさまが極めて印象的で、神秘的な恐怖感すら感じるほどだった。
 音楽、歌、演技、舞台、照明、演出など、全ての要素が相俟って極めて強い緊張感が舞台を貫いていた。

 物語が進むにつれて主役二人の歌と演技はますます冴えてきて、マクベスとマクベス夫人の恐怖と狂気が亢進するさまをものすごい緊迫感で表現する。手に着いた血が取れないと夢遊状態になって狂気の世界を彷徨うマクベス夫人、魔女の言葉で自分を必死に支えつつ、恐怖に押しつぶされていくマクベス。人の心理の奥底の狂気を描いたというだけではなく、そこに人が宿命的に背負った人間臭い弱さも表現されていて、ともに圧倒的だった。

 これだけ強烈な印象を残す舞台は、ロイヤルオペラでもそうそう観られるものではない。本当に素晴らしかった。
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by voyager2art | 2011-05-25 08:54 | オペラ

バース訪問

 チッペナムで泊まったところは典型的なイギリスのB&B。朝食は、ご覧の通りのフルイングリッシュブレックファースト。イギリス料理には厳しい意見を持った僕だけれど、ここの朝食はきちんと作ってあってなかなか良かった。
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 朝食を終えるとB&Bをチェックアウトし、厚く垂れ込めた曇り空のもとバース(Bath)の街へ移動。チッペナムからは列車でほんの15分。ここは言わずもがな、ローマ時代(紀元前1世紀!)の大浴場Roman Bathのあるところ。さっそく大浴場を見学。ときおり雲の切れ目から日が射すととてもきれい。
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 僕はヨーロッパに住んでいながら、ギリシャやローマの歴史を全く知らない。たまにこういうところに来ると、ちゃんと歴史を勉強しなければ、と思う。思うだけで実際には勉強しないのが僕の悪いところなんだけど。

 バースの街も少し歩いてみた。独特の懐の深さがあって、イギリスの地方都市の雰囲気のいいところが楽しめる街だった。

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by voyager2art | 2011-05-24 05:27 | 旅行記

ツアコンな日々(その3)/コッツウォルズ

 週末を使ってコッツウォルズに来た。一泊だけの旅程で、今日はチッペナム(Chippenham)を拠点にカスルクーム(Castle Combe)へ。

 朝ロンドンを出発したときには快晴だった空が、列車でチッペナムへ向かううちにどんどん曇ってくる。チッペナムに着くと、どんよりと憂鬱な曇り空になってしまった。
 チッペナム自体は、コッツウォルズのイメージに比べるとかなり大きく賑やかな街。いかにもという場所もあるにはあるけれど、メインストリートには露店も建ち並び、雰囲気は以前行ったカンタベリーととても良く似ている。
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 街外れにはちょっとした公園もあって、こんな天気の日でもここに憩う人たちがいた。川には白鳥や鴨が泳いでいる。以前イギリス人の同僚から、イギリスにいる白鳥はすべて女王が所有するものだと聞いたことがある。どこまで本当なのかはよく知らない。
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 このチッペナムで、曇り空の余りの重さにだいぶ気分が消極的になっていたけれど、とりあえずは初志貫徹と、バスに乗って20分ほどのところにあるカスルクームの村へ。ここはとても古い街並が非常によい状態で保存されているとかで、旅行者にも人気のある場所。着いてなるほど。ここはきれい。あんなに曇っていた空も、カスルクームに着いたらなぜか快晴。こんなに日頃の行いの悪い僕なのに、ほんとにすみません。
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 素敵な雰囲気のティールーム。土曜日だからか土産物の販売のみで、お茶の方は休業。クリームティーを楽しみにしていたのに、痛恨・・・
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 村の古い郵便局跡。ポストには「現在は使われていません」の注意書き。
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 村の教会にて。
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 チッペナムとこのカスルクームを結ぶバスは2時間に一度しか来ない。先日のチラム(Chilham)も相当小さな集落だったけど、このカスルクームはさらにまだ小さく、200メートルほどの道の両側に家が並んでいるだけで、それでおしまい。2時間もあれば十二分にこの村を楽しめる。観光客が多いのでチラムのように静寂に呑まれるようなことはなかったけれど、ゆったりとした時間の流れは心地良かった。
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by voyager2art | 2011-05-23 02:43 | 旅行記

ミックスビル(Live Fire Exercise他)/ロイヤルバレエ

 先日またこのミックスビルを観に行った。配役はDGVのヤノウスキーがカスバートソンに交替したくらいでほとんど同じなので、今日はマグレガーの新作のLive Fire Exerciseについてのみ、思ったことを書くことにする。


 前回見たときは舞台の右端が見えなかったけど、今回舞台の全景が見える場所に座ったこともあって、ようやく何かがつかめてきたように思う。
 最初、舞台後方に置かれたスクリーンの映像で大爆発がある。それを間近で身に感じ、心に深くその衝撃を受ける登場人物たち。この最初のシーンが、前回座った席からはよく見えなかったので、何が何やら理解できなかった。この最初の部分がどうやら肝心だったらしい。

 この演目では、初めて経験することの衝撃が人に与える影響と、その経験が時間の経過とともに人の中で消化され、その結果として経験自体の特別性が失われていく過程を描写しているように感じた。個々の感情や印象が時間軸上で変遷する過程を描写した作品と考えれば、前回の記事で引用した「戦争で受ける心の傷を軽くするために軍隊で行う日々の訓練と、バレエダンサーが怪我で身に負う傷を防ぐための日々の訓練の関係性が云々」というプログラムの説明(の一部)とも整合する。
 この視点を面白いと思えるかは恐らく人による。僕は自分自身の実体験からこれを面白いと思った。おかしな(そして汚い)話だけれど敢えて僕自身の例を挙げれば、東南アジアやインドではトイレでトイレットペーパーを使わない。用を足した後は、汲み置きの水を使って自分の手で洗う。僕はバックパッカー時代に、初めて水と手を使ったときの心理的な抵抗の大きさを今でもよく覚えている。ところが日が経つにつれて、その抵抗は加速度的に減っていった。このとき僕は、自分がどんなことにでも慣れるということを確信を持って納得した。

 僕に限らず人間には恐らく本質的にこういうところがあって、たいていのことには慣れる。それを感覚の麻痺と呼ぶか人間の逞しさと呼ぶかは単にそれを参照する背景や文脈の問題に過ぎないけれど、いずれにせよ、この性質をポジティブに利用しているのが「訓練」と呼ばれる種類の行為であることは間違いないし、だからこの演目のタイトルは「実弾訓練」なのだろう。

 舞台を観ていて面白かったことの一つは、この演目を踊った三人の女性ダンサーの個性の違い。母性のような懐の深さを感じさせるカスバートソン、幼さと言ってもいいほどの若さがある高田茜さん、そして精神の深い部分での苦悩を観ているこちらに楔(くさび)のように深く打ち込んでくるサラ・ラム。僕はマグレガーがこの個性の違いを意図的に利用したのかどうかは分からないけれど、三人の個性の際立った差異は、人間の精神の成長の各段階における多様性と重層性を印象的に描き出していたように思う。そしてその三人のそれぞれが、自身の置かれた状況の中で自分の経験した衝撃と向き合い、葛藤しながら変貌していくさまが面白かった。

 この解釈がマグレガーの真意かどうかは全く不明だし、他に様々に解釈する選択肢を持った振付けだったと思うけれど、一つの解釈としてこういう読み方が成り立つ演目であるということは間違いない。この象徴的ではあるけれど抽象的な舞台作品が、解説を抜きにして舞台上の演技のみで完結した作品である以上、作者の意図云々を越えて様々な解釈を許すべきであると僕は考えるし、そう考えたときに上のような解釈は僕には非常に面白かった。


Ballo Della Regina

Choreography: George Balanchine
Music: Giuseppe Verdi

Marianela Nuñez
Sergei Polunin

Yuhui Choe
Emma-Jane Maguire
Samantha Raine
Akane Takada

Daniel Capps (Conductor)


Live Fire Exercise

Choreography: Wayne McGregor
Music: Michael Tippett

Lauren Cuthbertson
Sarah Lamb
Akane Takada
Federico Bonelli
Ricardo Cervera
Eric Underwood

Barry Wordsworth (Conductor)


DGV: Danse À Grande Vitesse


Choreography: Christopher Wheeldon
Music: Michael Nyman

Lauren Cuthbertson
Leanne Benjamin
Melissa Hamilton
Sarah Lamb
Eric Underwood
Steven McRae
Gary Avis
Federico Bonelli

20th/May/2011 (Fri) 19:30 -
The Royal Ballet, London
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by voyager2art | 2011-05-22 04:26 | バレエ

モスリンスクエアプロジェクト(続報)

 以前このブログでご紹介したモスリンスクエアプロジェクトですが、実際に被災地に届けられたモスリンスクエアを使った方々から、大変ポジティブな感想が届いているそうです(→プロジェクトの公式サイトをご参照下さい)。僕自身はこの場でプロジェクトを紹介しているだけの身ではありますが、このプロジェクトにご賛同下さった皆様に僕からも心よりお礼を申し上げます。


 なお、実際にモスリンスクエアを使ってみて、もっと送ってほしいというリクエストを送ってきている被災地もあるとのことです。もしご興味のある方、ご賛同下さる方がいらっしゃれば、まだ募金は継続中ですので、ご協力頂ければ幸いです。


 以下は、以前このブログでモスリンスクエアプロジェクトをご紹介した際の記事です。


* * * * * * * * * *

 ロンドン在住のピアニストの松本さやかさんという方が、今回の地震で被災した乳幼児のお母さんたちを支援するために、モスリンスクエアプロジェクトという企画を立ち上げ、モスリンスクエア(子育て用の布)を被災地に送るという活動を行っていらっしゃいます。
 プロジェクトの内容や、募金の方法などの詳細はこちら。
http://sayalondon.exblog.jp/14539158/

 活動の内容自体もさることながら、本当に支援を必要としている方々に品物が届くよう細かな配慮もしていらっしゃって、大変感銘を受けました。僕も何がしかの支援をしたいと思い、このブログで紹介させて頂くこととしました。

 被災地では乳幼児のいるお母さんたちが大変な苦労をされているとのことで、このプロジェクトで一人でも多くのお母さん、お子さんが安心を得られるお手伝いをできればと思います。このプロジェクトにご興味のある方、ご賛同頂ける方は、彼女のブログ(大変豊かで充実したブログです)を訪問してみて下さい。このプロジェクトにかける、松本さやかさんの素晴らしい行動力と熱意がご理解頂けると思います。
 一人でも多くの方にご賛同頂ければ幸いです。
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by voyager2art | 2011-05-20 06:56 | その他

ツアコンな日々(その2)/ホアン・ミロ展/テート・モダン

 以前かんとくさんがブログで紹介しておられて、ずっと気になっていたホアン・ミロ展に親と一緒に行ってきた。
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 Tate Modernのサイトはこちら

 僕はミロ(Joan Miró, 1893 - 1983)という画家を全然知らずに行ったけれど、これが途轍もなく面白かった。制約や限界とは全く無縁の、自由を恣にする想像力の爆発。恐るべき柔軟さで絶えずそのスタイルを大胆に変貌させながら、あらゆる方向に向かって創造の触手を伸ばして無限に拡がり続けるその作品の数々はまさに圧巻。後年には彼はカンヴァスを焼いて穴をあけるところまで突っ走る。芸術家のめくるめく創造力と想像力の飛翔に興奮しっぱなしだった。

 若い頃の彼の作品はまだ具象的で、それでも様々にスタイルを変えながら、ゴッホのような絵や絵本の挿絵のような風景画を描いたりしているけれど、そしてこれらの絵が既に非常に面白いのだけれど、そこから一気にシュールレアリズムに入っていって、かと思うと極限まで描写を簡素化して抽象画の一歩手前まで行ったり、とにかくめまぐるしく作風が変遷する。
 どの絵にもミロの強烈な感性が深く刻印されていて、細い線が数本描かれただけのような絵から、恐るべき色彩感覚で描いた靴の静物画、あるいは子供の落書きのような絵まで、どの一枚を取ってもそこに生き生きと躍動するイマジネーションが溢れ返っていた。

 この展覧会は行って本当に良かった。普段は展覧会に行ってもその展覧会の画集なんか買うことの全くないこの僕が、今回ばかりは迷わず買った。
 かんとくさん本当にありがとうございます。人生がまた一つ豊かになりました。また何度も行きます。9月までやっているので、ロンドン在住の皆様にもお薦めします!(万人向けではないかも知れませんが・・・)


 写真はテート・モダンのミロ展以外の場所から。

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by voyager2art | 2011-05-19 05:44 | 絵画


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