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ブログを一ヶ月お休みします。

 最近ずっと更新できずにいるこのブログですが、いろいろ考えた末に、1ヶ月ほどお休みすることにしました。仕事がピークシーズンで忙しいというのも理由の一つですが、それと同時に、しっかり消化・吸収しなければならない重要なインプットが最近たくさんあって(ご飯の食べ過ぎとかいう話ではありませんよ)、それが以前からずっとやりたいと考えていたことと直結しているので、限られた時間を少しの間そちらに集中したいというのが一番の理由です。

 こんなにマニアックなブログでも読んでくれる方が少しずつ増えていて、それは僕にとっては本当に嬉しく、とても励みになっているのですが、中途半端な状態でつまらない記事を書いてしまうのも申し訳ないので、少し早い夏休みを頂きます。
 またプロムスの時期になったら記事を書き始めるつもりですので、そのときにはまた宜しくお願い致します。


voyager2art
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by voyager2art | 2011-06-22 05:47 | その他

春うらら/ピレシュ & ハイティンク & ロンドン交響楽団

 1ヶ月に渡ってヨーロッパに滞在した母が今日帰国。休暇を取ってヒースローまで母を送ったあと、そのままバービカンに向かった。今日はハイティンクの指揮するロンドン交響楽団の演奏会で、ペライアがシューマンの協奏曲を弾く予定だったのが降板。代役にピレシュが来て、モーツァルトの27番の協奏曲を弾くとのこと。ペライアの演奏はどうしても好みが合わず、僕はこの演奏会のチケットを取っていなかった。去年のプロムスでピレシュの演奏を聴いて、彼女が大好きになった僕は、今日になってこの変更を知って、ペライアには申し訳ないけどすぐにチケットを取った。

Mozart: Piano Concerto No.27 K.595
(Interval)
Bruckner: Symphony No.4 "Romantic"


Maria João Pires (Piano)
Bernard Haitink (Conductor)
London Symphony Orchestra

14th June, 2011 (Tue) 19:30 -
Barbican Centre, London


 舞台に現れたピレシュはほんとに小柄で、はにかんだような笑顔から謙虚で誠実な人柄がにじみ出る。いつ見ても魅力的な人。そしてもちろん、その魅力的な人柄が演奏にも反映する。
 1楽章の冒頭、オーケストラの序奏は、小編成ながら暖かく重心の低い響きで、しかも速めのテンポの豊かな歌い口。とても親密な、室内楽的な演奏で、大ホールで聴かせているという仰々しさがない。
 その序奏に続いて入ってくるピアノソロ。やはり速めのテンポで、ピレシュらしくはっきりした入りだった。この導入の部分ははっとするほど強い意思の力を感じたけれど、これは彼女がモーツァルトの音楽に、誇張や感傷を入れまいとする気持ちがそういう風に現れたのではないかと思っている。実際、一度音楽が始まってしまうと、力みがかった圧力とは無縁の、とても豊かな世界が現れてきた。
 彼女の音は、以前聴いたときと同じように、カチッとしたアタックのまわりにふわりと暖かい響きが立ちのぼるような豊かさを持っている。その音を使って、彼女は清潔だけれどもよく歌う音楽を奏でる。音楽がピアノからフォルテに移り変わるとき、あるいは和声のダイナミックな変化に乗って旋律を歌わせるときに、彼女のピアノの色は虹のように無限に変化する。この27番の協奏曲は、名曲ぞろいのモーツァルトのピアノ協奏曲の中でも、23番と並んで特に美しい曲だと思うけど、ピレシュはこの曲の持つ美しさを、誠実に正直にどこまでも追求して聴き手の前に差し出そうとする。音量の幅やテンポの揺れなどは極力切り詰めつつ、それでいてどうしてと驚くほど、豊かで美しい音楽を作り上げる。
 僕はこの楽章の途中にある、盛んに転調しながら木管楽器の下降音階とピアノのアルペジオが絡む部分が大好きで、この曲を聴くときはいつもその部分に酔ったようになってしまうのだけれど、今日はその部分には全く意識が行かなかった。一つひとつの部分に気を取られるには、楽章全体があまりにも素晴らしかった。

 第2楽章は、単純極まりない旋律を、ピレシュはふたたび驚くべき豊かさで演奏した。このシンプルな楽譜から、どうしてこれだけの、無限と言っていいほどの音楽が出てくるのか。そしてこの楽章で本当に印象的だったのは、ピレシュとオーケストラの親密な対話。ピアノ協奏曲はピアノとオーケストラの音楽だ、なんていまさら言ってもバカにされるかもしれないけれど、ピアノとオーケストラが本当に対等にコミュニケーションをしている演奏というのは滅多にない。僕が今まで実際に聴いた中では、アルゲリッチがヨーロッパ室内管と演奏したシューマンの協奏曲と、そして今日のピレシュのモーツァルトくらいしか思い当たらない。アルゲリッチのときは、彼女がすっとピアノの音色を変えると、オーケストラがさっとそれに合わせて音色を変えて、聴いていて思わず体が震えた。
 今日のピレシュは、そういう凄みのある丁々発止の対話ではなくて、もっと穏やかで心理的な距離のない対話。お互いの心を深くまで理解しあった、落ち着きつつも充実したやりとりが行われていた。その演奏は潤いと香りに満ちていて、それはまるでヨーロッパが春になって、木々が若葉を繁らせ花を咲かせて、大気の中にその香しい匂いが充満して、時折その香りが空気からこぼれ落ちてしずくとなって弾けるような、そんな印象。至福のひととき。

 終楽章は、それまでに比べると驚くほどテンポの変化が大きい。ただしこれも、彼女の手に掛かると誇張や欺瞞とは無縁で、ひたすらモーツァルトの書いた音楽の豊かさを追い求めた結果の、その実現手段としてのテンポの変化なのだという説得力がある。音楽がその境界を超えて無限に広がっていくよう。
 この楽章でも再びピアノとオーケストラの親密な対話があり、そして同時に演奏者と聴衆の間にも親密な時間が流れる。このスタイルの演奏としては、本当に極限まで行き着いている演奏だった。もっと茶目っ気のあるモーツァルトを弾く人はいくらでもいるけど、ここまでモーツァルトの音楽の豊かさを正面から描き尽くせる人はそうそういるものではないと思う。本当に、本当に素晴らしい演奏だった。



 続くブルックナーは、彼の数ある交響曲の中では親しみやすく、半ばブルックナー入門用のようにもなっている曲だけれど、実演で聴くのは実は初めてのような気がする。冒頭のホルンソロは、往年のカラヤン時代のベルリンフィルを支え、その安定感抜群の演奏で伝説的な存在にすらなっているゲルト・ザイフェルトでさえ怖いと言ったほどの難所。今日のホルントップは名手パイアット。さすがに音の頭にかすかなブレが入ったけれど、美しく伸びる音色であの高音をきれいに吹き切った。全体としても速めのテンポで爽やかな序奏で、ハイティンクもかなりの歳のはずなのに、その表情は驚くほど若々しい。

 その後の演奏は、もちろんブルックナーらしい重心の低い重厚な響きではあるけれど、ブルックナー演奏に求められがちな、「深遠な精神性」とか「哲学的な崇高さ」というのとは別のところを目指した演奏だった。一言で表現するとおおらかな演奏で、深刻な表情はほとんどなく、天気もいいし山がきれいだからハイキングに行こうかとでもいうような、いい意味で平和な演奏。
 ブルックナーは主題の統一と展開という点では随分と凝ったことをする人だけれど、音楽の構成自体は下手をすると支離滅裂というか、あまり引き締まった組み立てをする人ではない。楽想と楽想の間を、もっと洗練された人だったらさらっと格好良くつなぐところを、ブルックナーは不器用に時間をかけて、やたらと仰々しい音楽でつないでいく。こういう部分をいかに深遠な表情で演奏するかというのが、「正統な」(あくまでも括弧付き)ブルックナー演奏の鍵になるのだろうけれど、そういうところをハイティンクは、「ここはいかにも田舎くさいけど、せっかくブルックナーも頑張って書いたんだから、その意気を買って演奏しようよ」というような表情で演奏する。だから作曲技法上の不器用さが浮き彫りになるのは避けられないけれど、同時にそこに思わず微笑まずにはいられないような、ブルックナーの巧まざる愛嬌が浮かび上がってもくる。実はブルックナーの頭にあった音楽も、こういうものなのではないかという気がした。

 2楽章は一般には、ドイツの森の薄暗い雰囲気とか何とかと形容される音楽だけれど、ここでもやっぱりハイキング。朝からずっと登り続けて、ちょっと暑くなってきたしお腹もすいたから、木陰でお昼ご飯でも食べようかという雰囲気。歩いていたときには気付かなかったけれど、腰を下ろしてみると随分周囲は静かで、木の葉の風にそよぐ音や、小さな虫の羽音くらいしか聞こえてこない。明るい日光が大きな木に遮られて涼しい陰ができていて、あたりを見回すと日に照らされたとても明るい部分と、陰になった暗い部分が斑になっている。
 ぽかぽか陽気の中でお昼を食べて、革袋に入れてきたワインも飲んだら気分が良くなってきて、ごろんと下草に寝転ぶ。静寂の中でそうしていると、そのうちウトウト・・・
 あ〜あ、アントンおじさん寝ちゃったよ。ちょっとあっちの川辺に行ってみよう。ああ、ここはきれいな場所だな。なんだかここは静かだなあ。こうやって景色を眺めていると、僕も眠くなってきた・・・
 といううちに、急にカメラがぐっと引いて、山の全景をバーンと映す。峨々たる山容が突然視界を占領して、これが何とも格好良い。

 昼寝から覚めたら3楽章。再び気分良く山を登っていって、尾根を越えるたびに目もくらむような切り立った崖や深く落ち込む谷間がダイナミックな景観を作り出す。随分高くまで登ってきたらしい。そして終楽章に入ると、もう悠々と、慌てず騒がず山の風景を思う存分に描き出す。おおらかで、極めて自然にのびのびとした歌い口で、でも力強く演奏するところでは分厚い響きと心地良い音圧で迫ってきて、爽やかな後味のブルックナーだった。

 この日の演奏はノヴァーク版とのこと。僕はブルックナーマニアではないので、これがハース版やその他の版とどう違うのかは全く知らないけど、そういう版の問題を超えて、今日の演奏はその大らかさと明朗さがとても良かった。今日の演奏は録音されていて、今後CDとして発売されるらしい。これを録音で聴くと、どういう印象になるのかよく分からないけれど。
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by voyager2art | 2011-06-15 08:39 | オーケストラ

トスカ/セラフィン & ジョルダーニ/ロイヤルオペラ

 ロイヤルオペラのトスカ。体力が回復していないので、今日も要点のメモのみ。
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Giacomo Puccini: Tosca

Martina Serafin (Tosca)
Marcello Giordani (Cavaradossi)
Juha Uusitalo (Scarpia)

Lukas Jakobski (Angelotti)
Jeremy White (Sacristan)



Antonio Pappano (Conductor)
The Royal Opera

The Royal Opera House, Covent Garden, London
11th June, 2011 (Sat) 19:30 -


 カヴァラドッシ役のジョルダーニは、この物語の男性の方の主役というには何とも普通のおやじさんで、街角の八百屋でまめまめしく働いていそうな風貌。でも歌は上手い。上の写真でも分かるとおり、今回は舞台のすぐ横の席に座ったから、他の席から聴いたらどうだったかは分からないけれど、僕には充分な声量で表情豊かに歌っていたと思う。幕が進むにつれて表現力もますます冴えて、今日の舞台全体をしっかりと引っ張っていた。
 そしてトスカ。セラフィンはしっとりとしていて艶のある美しい声が素晴らしい。声量で押すタイプではないけれど、出すべきところではしっかりと強い声も出るし、音程も群を抜いて正確で、聴いていてとても気持ちいい。歌い回しも本当に豊かで、容貌の美しさも相俟って、情感の陰翳の深い、実に魅力的なトスカを演じた。カヴァラドッシが描くマグダラのマリアの絵を見て、あの絵の女性の目を黒く描き直してね、というあたりの可愛い愛嬌も絶妙で、かと思えば2幕での悲痛な表現も深く突き刺さってくる。この人はまさにトスカに適役。

 スカルピアを歌ったウーシタロは第1幕では声があまり出ておらず、見た目の貫禄とは裏腹に印象が弱かった。特に第1幕の最後、デ・デウムの同じ旋律が畳み掛けるように執拗に繰り返され、彼が欲望を独白する場面は、完全に歌が負けてしまっていた。
 とはいえ彼も2幕では調子を上げ、拷問を受けて出てきたカヴァラドッシに対して、「私は何も言っていない」と語りかけるトスカの言葉を受けて、その目の前で「別荘の井戸の中だ」と部下に指示を出す憎たらしさと言ったらない。
 歌手陣では他に、教会の番人を歌ったジェレミー・ホワイトが、何とも憎めない愛嬌のある演技で、本当に上手かった。

 パッパーノの指揮するオーケストラはやはり普段とは別物。パッパーノはかなりのうなり声を発して体中から途轍もないエネルギーを放射して、オーケストを極限まで煽る。それに応えるオーケストラの分厚い響きも素晴らしい。強烈な緊迫感を漂わせたかと思えば、繊細な情感を色彩豊かにたゆたわせ、プッチーニの魅力的な音楽を鮮やかに描き出す。
 暗い基調の舞台がぐっと作品を引き締めて、とても楽しめたトスカだった。

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 セラフィンの左がカヴァラドッシのジョルダーニ、右がスカルピアのウーシタロ。右下に小さく写っているのがパッパーノ大将。
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by voyager2art | 2011-06-12 19:34 | オペラ

春の祭典/マクレー & ロイヤルバレエ

 仕事が猛烈に忙しく、ふらふらになってオペラハウスへ行った。とてもまともに舞台に集中できる状態ではなく、今日はもうレビューを書くのは無理だなと思いながらぼーっと舞台を眺めていたけれど、春の祭典の舞台が始まってあまりの面白さに一気に興奮状態になった。これだけは書いておかなければ。

Scènes de Ballet
Music: Igor Stravinsky
Choreography: Frederick Ashton

Lauren Cuthbertson
Sergei Polunin
etc.


Voluntaries
Music: Francis Poulenc
Choreography: Glen Tetley

Leanne Benjamin
Nehemiah Kish

Sarah Lamb
Ryoichi Hirano
Thiago Soares

etc.


The Rite of Spring

Steven McRae (The chosen one)
etc.


9/June/2011 (Thu), 19:30 -
The Royal Opera House, London


 春の祭典の最初のファゴットの序奏のうちは、舞台の幕は降りたまま。やがて幕が上がると、まるで人体標本のようにすら見える衣装の人たちがたくさん舞台にいる。この人々が、古典バレエの価値観から言うとおよそ「きれい」とは正反対の動きで、グロテスクなまでにコミカルな、そしてコミカルなまでにエキセントリックな踊りを一斉に無表情のまま踊る。この振付けの異常さと人数の多さが生み出す効果の力強さは強烈で、しかもリズムだけではなく内容まで振付けと音楽が完璧に合っていて、そのエネルギーの凄まじい放射と、観る者を一気に惹き付ける吸引力の虜になった。

 この演出は本当に面白くて、春の祭典の土着的なイメージから完全に解放されていて、恐らく地球中のどこの誰が観ても、舞台上の世界は自分たちの属する社会とは完全に異質だという印象を持つに違いない。僕はこれがよその惑星の、人と同じ形をした未知の生物の営みのようにすら見えた。こうして元の曲の土臭さを完全に払拭しつつ、しかもその異様な呪力はますます力を得ていて、とてつもなく面白い。これがマノンと同じ人による振付けとはちょっと信じられない。

 最初のうちは特定のソロはおらず、全員が一斉に踊るシーンが多く、これは祭礼の場の全体を描写しているように思えた。第2部に入ってようやくマクレーが選ばれた生贄として登場する。この、およそ慣れ親しんだ人の世からは遥かに隔絶したような異常な共同体の中で、最初は力強く誇り高い生贄が、次第に逃げ場を塞がれて追い詰められ、狂気と絶望に陥っていく。そこには生ぬるい感傷を一切伴わない、透明な哀しみがすっと浮かび上がってくる。そして同時に人の心理の奥深い暗闇や残酷さが透けてきて、人の宿命的な弱さの美しい輝きを帯びる。

 春の祭典は、ずっとバレエで観たいと思っていた作品。想像を遥かに超える強烈な舞台で、本当に素晴らしかった。今シーズンはもう残りの公演に行くことができないけれど、また何度でも再演してほしい。何度でも見に行きたい。
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by voyager2art | 2011-06-10 07:59 | バレエ

都会の春/デュトワ & ロイヤルフィル & ルガンスキー

 もともとはアルゲリッチがシューマンの協奏曲を弾くということで、それを目当てにチケットを買っていた演奏会。直前になってアルゲリッチが降板となり、代役はルガンスキーで、曲目はベートーヴェンの協奏曲4番。曲目はともかく、アルゲリッチの降板はほんとにがっかり。しかもなぜルガンスキーなのか、とちょっと恨み節。
 僕はルガンスキーを二度聴いたことがあって、そこで彼が弾いたのはラフマニノフの協奏曲の2番と3番だった。ピアノを弾くという技術に関して言えば、彼はちょっと信じられないような驚くべき水準に達していて、これらの難曲をやすやすと弾いてはいたけれど、さてその表現はというと、音楽の表面をなぞっただけのような演奏で、ラフマニノフの分厚い抒情は聴こえてこなかった。
 今回、この出演者変更を知って、この演奏会に来るかどうか迷ったけれど、デュトワの振る春の祭典には興味があったので会場に出かけた。


Carl Maria von Weber: Invitation to the Dance (orch. Berlioz)
Ludwig van Beethoven: Piano Concerto No.4
(Interval)
Igor Stravinsky: The Rite of Spring

Royal Philharmonic Orchestra
Charles Dutoit (Conductor)
Nikolai Lugansky (Piano)

7/June/2011 (Tue), 19:30 -
Royal Festival Hall, Southbank Centre, London



 最初のウェーバーは、冒頭のチェロのソロが非常に上手くて驚いたし、全体的にリズム感の良さが感じられたのは良かったけれど、アンサンブルはかなり荒い。全体としてはオーケストラの腕ならしという程度の演奏。途中でふと現れたファゴットのソロが素晴らしくて、きっと春の祭典は面白い演奏が聴けるに違いないという期待は高まった。それから忘れてはいけないのがフルートのトップ。若い女性奏者だけど、歌い回しの鮮やかさが非常に印象的で、しかも美人(Miklosさん出番ですよ〜)。今日はソロで目立つ場面は少なかったけれど、目と耳の両方で楽しませてくれた。


 続いてベートーヴェン。冒頭のピアノソロの中で、右手の音階で駆け上がるところをルガンスキーは非常に軽い音でさっと弾く。これが本当にきれい。今日のルガンスキーは全体的に音量を抑え気味に弾くことが多くて、ところどころ強い響きを使うところもあるけれど、全体としては非常におとなしかった。音自体はとてもクリアではっきりとした、硬質の音。響きも透明で、先日のポリーニとは全然違う。技術的にも相変わらず冴えていて、節回しの処理もとても巧みで自然なんだけれど、曲が進んでも進んでも、結局きれいなだけで発展していかない。第1楽章はそれでも響きの美しさで聴かせていたけれど、僕は2楽章以降は彼の演奏から心が離れてしまった。2楽章でデュトワがうなりながら力を入れて指揮をして、弦楽器のユニゾンから素晴らしく芯の通った強い響きを作り出していたのに、ピアノがそれに応えてこない。本当に、とても上手いんだけど、なぜ音楽が聴こえてこないのか。僕が鈍感なだけなのかもしれないけれど、少なくとも僕の感性には何も引っ掛かってこない。
 3楽章も、指は鮮やかに回っているけれど、ここというところで音楽の表現として一歩を踏み込まないので、不気味なほどに平坦で、その演奏からは何も放射されてこない。音は楽譜通り連ねられても、音楽が止まってしまうのではないかと思うことが多かった。
 結局今日も、僕の彼に対する印象は変わらないまま。



 ここまであまり感心しない演奏が続いたけれど、休憩の後の春の祭典は掛け値なしに素晴らしかった。オーケストラもこの曲に練習時間を費やしたのが明らかで、前半と同じオーケストラとは思えないような充実した響きを出す。
 冒頭のファゴットは艶があって肉感的な音で歌心に満ちたソロを吹き、その後次々に加わってくる管楽器のソロもとても鮮やか。そしてザッザッと入ってくる例の弦楽器の不協和音の強くてまとまった響き。オーケストラがとても鋭角的で尖った響きを作っていて、原始のシャーマニズムを思わせるような土臭さとは無縁の、とても洗練されたスタイルの演奏だったけれど、鋭いリズムが深く重く打ち込まれ、同時に烈しい圧力で強い火花を散らす。
 オーケストラのアンサンブルも完璧で、単にリズムが正確というだけではなくて、音色や音量のバランスも見事に組み上げられている。デュトワらしいクリアに抜けた響きではあるけれど、響きに明確な芯がしっかりと通っていてぶれない。各楽器も穴がなく、特にバスドラムが素晴らしく引き締まった音色でオーケストラの響きの大黒柱になっていた。この充実した響きにのって、前半の最後は圧倒的な音量で完璧に白熱し切った凄まじいクライマックスとなった。

 後半は神秘的に始まるけれど、これは大地への畏怖の念からくる神秘ではなく、都会の夜のような雰囲気。何かが起こるという予感を孕んだ不気味さがある。そのうち再び音楽は大きく盛り上がっていくけれど、前半のクライマックスのように、速いテンポと大音量で一気に押すという音楽でもない。しかし、リズムを強く打ち込み続けて、そこにたたみ掛けるように様々な楽器が様々な楽想を重ね始めると、そこには巨大な伽藍がぬっと浮き出てくるような、力強く大きな存在として音楽が立ち上がってくる。それを繰り返して音楽が巨大さを保ったまま次第に白熱し始め、最後は打楽器が鮮烈にとどめを刺して曲を締めくくった。

 これはもう、文句なしの堂々たる名演。これを伴奏にバレエを踊っても、バレエが音楽に呑み込まれてしまうのではないかと思うほどの強さがある演奏だった。さすがデュトワだと思うと同時に、普段聴く機会のほとんどないロイヤルフィルにも目を向けるきっかけとなる演奏会だった。
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by voyager2art | 2011-06-08 08:02 | オーケストラ

飽食のパリ

 もうブログの記事の時系列がめちゃくちゃになってるけど、これが最後のパリ便り。フランスと言えばやはり料理。おいしいフレンチを楽しまずしてフランスを楽しんだとは言えない。1月にパリに行ったときに友人に連れて行ってもらったお店が、今回も一番おいしかった。
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 ここは魚料理が売りのお店だけれど、今回ここで一番感動したのがデザートに出てきたこれ。
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 見た目はなんじゃこりゃという感じのフレンチトースト。これが信じられないくらい美味しかった。外はさくっとしていて、中はとろりと濃厚に溶ける。メイプルシロップを使っているのか、強い甘さの中に香りがあって、何とも言えない香ばしさを残す。完全にフレンチトーストの概念が変わった。これだけでもいいからまた食べに行きたい。

 これもデザート。メインなのかと思うほど凝っている。
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 なぜ少し海を越えただけでこれほど食べ物が変わるのか。あまりにも、本当にあまりにも理不尽。ドーヴァー海峡は見た目よりもだいぶ広い。


 まあ、毎回こんなご馳走ばかり食べていたわけではないけれど、せっかくパリにいるのだからと欲張ってよく食べたのは事実。ローマにいるときもご飯はおいしかったし、よく食べてはいたけれど、パリに来てから明らかに食べる量が(質も)増えた。毎日観光で歩き回っていたけれど、カロリーの摂取と消費の収支は、確実にバランスが崩れていたに違いない。
 ちなみになぜローマの食事の写真がないかというと、毎日空腹のあまり、写真を撮るのを忘れて食べるのに没頭していたからです・・・


追記

上記のレストラン(正確にはビストロかな?)の情報を載せておきます。

RECH

62 avenue des Ternes
75017 Paris
凱旋門から徒歩10分

Tel. +33 (0)1 45 72 29 47

休:月曜、火曜

お昼はセットメニューで€30、夜は€50 (アラカルトだともっと高い。)
セットメニューは、前菜、メイン、デザートをそれぞれ2種類ある中から選べます。
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by voyager2art | 2011-06-06 04:20 | 旅行記

華ひらく/コジョカル & コボー/マノン

 パリからユーロスターでロンドンに戻って来て、家に荷物を置くと息をつく暇もなく慌ただしくロイヤルオペラハウスへ。今日は今シーズン最後のマノン。踊るのはコジョカル。見逃すわけにはいかない。


Jules Massenet: Manon (Orchestration: Martin Yates)

Choreograph: Kenneth MacMillan


Manon: Alina Cojocaru
Des Grieux: Johann Kobborg

Lescaut: Ricardo Cervera
Monsieur G.M.: Christopher Saunders

Lescaut's Mistress: Itziar Mendizabal
The Gaoler: Gary Avis

etc.


Martin Yates (Conductor)
The Royal Ballet


4th June, 2011 (Sat), 19:00 -
Royal Opera House, Covent Garden, London



 第1幕でマノンが登場するシーン、コジョカルは跳び上がって兄のレスコーに抱きつく。他の人にはないこういう動き、いきなりコジョカル節全開。コボーのデ・グリューは非常に内気で真面目な印象。マノンの前で踊るときも、マノンに向かっては懸命にアピールして、マノンに背を向けたときに「やったぜ」という風ににやりと笑う。どこまで内気なんだ。
 そんなデ・グリューに興味を抱いたマノン。ほんの一瞬だけ躊躇いの表情をみせたけど、すぐに気持ちが昂揚してきて、デ・グリューへの愛情一杯の踊り。ここには、ロホのときに感じたような微妙な距離感はない。その後の寝室のパドドゥは大輪の花が咲くかのように、二人の燃えたぎる愛情が鮮やかに舞台に満ち渡る。この寝室のパドドゥは今日一番の見せ場だったかもしれない。まるで目に見える炎のように、二人の感情が烈しく華麗に鮮やかに、舞台から客席に向かって舞い上がり、噴き付けてくる。

 ところが一転して、デ・グリューが手紙を出しにいった隙にムッシューGMが現れ、美しい服を見せられたとき、マノンの目には悪魔のような光が閃いた。僕にはほんとにコジョカルの目が光ったように思えた。ロホやマルケスは、マノンのデ・グリューへの愛情とムッシューGMの富への執着を、一人の人間の中で自然につながった心理として描いていたけれど、コジョカルではこれが悪魔的な二面性として現れる。きらきらと美しく輝く首飾りを掛けられたときには、マノンは完全に豹変していた。もちろんムッシューGMに心まで許したわけではないけれど、このときマノンは贅美を好む自分の欲求を満たしてくれる方を選んだ。

 ちなみにこの日のオーケストラはとてもいい音を出していた。最初のレスコーのソロのところから、粘りのある響きで底力を発揮。その後も素晴らしいニュアンスで旋律を歌わせたり、一体何が起こったのかと思うほど。
 一方で、一つ気になったのがコボー。足元がやや不安定で、自分の体を完全には支え切れていないような印象を持った。彼ももう若くはないし、もしかするとコジョカルとコボーのペアを見ることができるのはもうあまり長くないかもしれないと思ってしまった。コジョカルとパドドゥを踊るときには、さすがに抜群の上手さでコジョカルを引き立てているので、すぐに引退ということもないだろうけれど。


 第2幕。セルヴェラのレスコーは元気で生きのいい酔っぱらい。ソアレスのような深みのある愛嬌というのではないけれど、明るく吹っ切れた踊りは観ていて痛快。メンディザバルの愛人役も、今までのこの人からは感じたことのないような思い切りの良さがあって、セルヴェラといいコンビになっていた。
 続いて登場するマノンはまるでムッシューGMの妻のように堂々と落ち着いて振る舞い、かいがいしく世話をしていた。ただしここでも彼女は心までムッシューGMに預けきってはいないし、ときどきデ・グリューに視線を向けて、彼の様子を伺うことは怠らない。とはいっても、デ・グリューがマノンのそばに寄って声を掛けても邪険に振り払う。彼女の心は、今は贅を尽くした生活に完全に満足している。
 ロホのときには、マノンの中のデ・グリューに惹かれる気持ちと、ムッシューGMの富に惹かれる気持ちを比べたときに、ほんのわずかながらデ・グリューを慕う気持ちが強かったように感じたけれど、今日のコジョカルだと、これが完全に半々に見えた。実に危ういバランスで、いつ何をきっかけにどちらに転ぶか分からない。そのときそのときの状態には満足していても、何かの拍子にスイッチが入るとすっと別の側に心が移ってしまう。そして、デ・グリューの哀願と、それを聞き入れられなかったときの彼の悲嘆に暮れる様が、彼女の心のスイッチをまた反対に入れてしまった。急にまたデ・グリューが愛おしくなって、兄に頼んでいかさま賭博を仕組んでもらう。このマノンの心理の移ろいが、コジョカルを観ていると本当にはっきりと伝わってくる。

 その後の寝室では、コジョカルはマノンの複雑な心理の綾を描いてみせた。贅を好む性向は、もう彼女にとっては持って生まれた気質なので改めることはできない。せっかくムッシューGMから手に入れた美しい腕輪を外す気はマノンにはない。一方で、再びデ・グリューの方に向かったマノン心は彼への愛で満たされている。この二つの相反する複雑な心理を、コジョカルは実に精細に描き出す。


 最後の3幕では、最初に看守が言い寄ってきたときに、コジョカルはすっとデ・グリューの手を握る。この何気ない動きから、マノンが今は完全にデ・グリューに身を任せているということが明確に伝わってくる。これは恐らく他のどのダンサーもやっていない。こういう、さりげない動作で心理をくっきりと浮き彫りにするのはコジョカルの独壇場。
 今回の看守はガリー・エイヴィス。彼がまた本当に上手い。マノンを我がものにしたあと、彼女の腕輪を見せながら、「ほら、これはお前のものだろう、いらないのか? 返してやるぞ」と語りかける彼の憎たらしさ。彼もまた、他の人とは全く違う看守を演じる。
 この看守がデ・グリューに刺された後、コジョカルは自らナイフを握って、おののきながら自分も看守を刺すかどうか迷うようなそぶりを見せる。これも彼女でしか見たことがない。それでいて、看守が既に死んでいることを確認したときには彼女はひどく取り乱す。こういうめまぐるしい心理の変化が、劇の緊迫感を否応なく高める。

 最後の沼地のパドドゥは、他の誰が演じるマノンよりも死に近づいた、まさに息絶えるまさに直前のマノン。デ・グリューのコボーはこの期に及んでさらにどこに向かって進めば良いのか探すような素振りも見せて、しかしマノンは確実に衰え、歩くことすらできなくなっていく。最後にデ・グリューのもとに飛び込んで、そのままぐったりと力を失う様は観ているこちらの心に深く突き刺さってくる。この一瞬は、ほんとうにいつも涙が出そうになる。


 全体として振り返ったときに、コジョカルのマノンはとても華があって、非常に華麗で感性の冴えた舞台だった。踊りの上手さと心理の表現の上手さは別格で、一つ一つのシーンの印象の鮮やかさは比類ない。マノンという女性の描き方も、常に自身の感情と感性に従って生きる、(誤解を恐れずに言えば)非常に女性的な人物像。ロホのマノンは意識と知性が冴え渡る女性像だったので、やはりあらゆる点で対照的だった。
 でも、もうこの水準までくるとどちらが良いか悪いかという話ではない。二人のマノンに差があるとすれば、それは見る側の好みの差であって、どちらもそれぞれのマノンを完全に描き切っている。僕の好みということで言えば、全体の構成の上手さと、引き締まって深みのある感動という点で、僕はロホのマノンの方が好きだ。でも今回のコジョカルのマノンも、また別のものとして本当に素晴らしかった。強行スケジュールで疲れていたけれど、観に来て本当によかった。

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 客席から投げ入れられた花束に驚くコジョカル。
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 ラスコー役のセルヴェラ(右)とともに。
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by voyager2art | 2011-06-05 19:39 | バレエ

王者の風格/パリ・美術館巡り(2)

 オルセーとオランジュリーに行った翌日はまた朝からルーブルへ出かけた。開館前の行列の長さはさすが。
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 それでも早くから並んだ甲斐あって、それなりに早く入場できた。何はさておき、まずはモナリザへ直行。
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 この絵は実際に見て、なぜこれほど多くの人を惹き付けるのかようやく分かった。上品で深い色合いの佇まいはもちろん素晴らしく、落ち着いた風格がある。しかし何よりこの絵の女性の微笑み。極めて魅力的に見る者を惹き付けておきながら、こちらがその微笑みを凝視した途端、なぜかその微笑みがふっと薄らいでしまい、急に彼女とこちらの心理的距離が遠ざかる気がする。おやと思って凝視を解くと、再びあの魅力的な微笑みがこちらを捉える。それが何度も繰り返されて、永遠に距離の縮まらない、心の追っかけっこ。誘われているのか拒まれているのか、まさに謎めいた微笑みとしか形容のしようがない。
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 このモナリザはさすがに有名なのであっという間に人だかりも大きくなり、モナリザのある、決して小さくない部屋が次第に混雑していく。ただ、その近くに置かれたダ・ヴィンチの他の作品にはあまり目をとめる人はいないようだ。こっちも面白いのに。「岩窟の聖母」の絵の、右側に描かれた女性の色っぽい表情の美しさときたら!写真では分かりにくいかも知れないけれど、顔は幼子の方を向いていながら目はこちらを向いていて、その流し目がたまらなく魅力的。一度でもいいからこんな女性に引っ掛かってみたい。
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 この後も広大な館内の数々の名画に圧倒される。特にモナリザ周辺は古典の巨大な絵画が目白押しで、館内の装飾の美しさも手伝って、王者の威厳と言っていいほどの風格を感じる。
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 ドラクロワの民衆を率いる自由の女神は、昔東京に来たときに、青春18きっぷで列車を乗り継いで見に行ったことがある。久しぶりの対面。この絵もここで見ると、風格が増す気がするから不思議。
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 ナポレオンの戴冠の絵がこれほど大きいとは知らなかった。
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 目立つ場所に置かれたサモトラケのニケ。全体は残っていないとはいえ、躍動感溢れる流麗な姿態は実に美しい。
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 次はフェルメールを見に行こうと、広い館内をひたすら歩く。途中でふとルノワールの魅力的な作品があるのに気付く。心を寄せる女性に街角で突然出会ったときのような、狼狽と嬉しさの混じった驚き。
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 ようやくフェルメールのある部屋に到着。皆さんモナリザやミロのヴィーナスに夢中で、ここまで来る人は少ないらしい。静寂の中でフェルメールの佳品を楽しむ。
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 このあとは、やはり一度は見ておかねばとミロのヴィーナス。実際に見た彼女は、とってもハンサムだった。
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 この後はハムラビ法典を見ようと、また大移動。途中でエジプトのコーナーを通過する。
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 ところが、かなり近くまで行ったところで、改装工事中のため通行不能な場所があることが判明。ハムラビ法典へ辿り着くにはまた大回りしなければならず、もう疲れていたのでここで断念。ルーブルを後にした。ここを見尽くすには1週間でも足りない。質量ともにとてつもない美術館だということがよく分かった。
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by voyager2art | 2011-06-05 00:51 | 絵画

一目惚れ/パリ・美術館巡り(1)

 パリと言えば美術館。前回の訪問では時間がなかったので駆け足でポンピドゥーに行ったけれど、今回は二日掛けてルーブル・オルセー・オランジュリーを回った。もちろんそれでも充分な時間とは言えないし、最後に行ったルーブルは要所を見て回っただけなので、見ていないものもたくさんあるけれど、二日間という時間としては存分に楽しめた。

 今回のパリ滞在、ホテルでは朝食を頼まず、毎朝近くのパン屋で買ってきて食べた。この日もおいしいクロワッサンとコーヒーを楽しんで、美術館巡りに出発。
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 最初に行ったのはオルセー。チュイルリー公園を通って、ルーブルの脇からセーヌ河沿いに抜ける。
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 入場の行列が長いと聞いていたので、開館前に美術館に向かった。よく晴れた空のもと、セーヌ河沿いに美術館がとてもよく似合う。パリってほんとにきれいな街。この街に数年くらい住んでみたいと心底思う。
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 オルセーの内部は写真撮影禁止。でもここのコレクションは噂に聞いていた通り本当にすごい。日本だとそれが一枚来るだけで特別展が開けるような名画が、美術館のあちこちに本当にたくさんある。ゴッホやセザンヌの力強い狂気、ミレーの静謐、モローの華麗な猟奇などなど、挙げていけばきりがない。殊に、ゴッホの単なる風景画(ほとんど抽象画に近づいてはいるけど)やセザンヌの何気ない静物画が、なぜあれほどの圧力を観る者に与えるのか。見ていて金縛りにあったようになってしまう。

 そんな中で、恥を忍んで白状すると、僕は今になってルノワールの素晴らしさの虜になった。今まで僕はルノワールの作品をそれほど良いと思ったことがなかったけれど、オルセーにたくさんあるルノワールの作品に目から鱗。音を立てて流れる色彩、美しいコールドバレエのようにキャンバスで鮮やかに踊る陰翳、柔和で純粋無垢な色気を放つ女性たち、もう息をのんで見入ってしまった。完全に一目惚れ状態。
 そしてもう一つ気に入ったのがドガ。ドガの作品を集めた小部屋があり、ここの椅子に腰掛けてしばらくドガの美しい世界に浸った。陰翳の深いタッチから、髪に櫛をあてる女性や踊り子たちなど、描かれた人々の人間そのものが鮮やかに浮かび上がってくる。人間への深い共感に支えられた作品。
 さらにもう一つ白状しなければならないのが、モネについて。モネも甘ったるいだけの絵を描く人だと思って、今まで好きになれなかったけれど、ここで見た彼の作品の数々には、彼が空気(atomosphere)を捉えてキャンバスに定着することに関して天才であることが明瞭に示されていた。やはりちゃんと見ないと分からないことが多いと反省。

 オルセーのレストランで昼食を摂って、その後も少し館内の作品を見て回ってから、今度はセーヌ川を渡ってオランジュリーへ。ここはモネの睡蓮の大作が目玉。でも、やっぱり睡蓮には感心しない。僕はオルセーで見たような、もっと別の作品の方が好きだ。
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 このオランジュリーの素晴らしさは、何といっても階下の数は少ないけれど充実したコレクションだろうと思う。
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 最初にまず、ルノワールの美しい絵の数々に陶然となった。オルセーにある作品よりずっと親密な雰囲気で、小さな美術館に名画が密集しているのでたまらない。ルノワールの前にある椅子に座って、呆然と絵を眺める。
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 この他にもモディリアーニやピカソ、セザンヌ、ユトリロ等々、面白い作品が並んでいた。名画を胸一杯に呼吸する。
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 一通りそれらを見た後、またルノワールの前でゆっくりと時間を過ごす。素晴らしいひとときだった。
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by voyager2art | 2011-06-04 16:49 | 絵画

人生の表象/Rain/パリ・オペラ座バレエ団

 時系列は前後するけれど、今夜観てきたパリ・オペラ座バレエ団の公演の感想を。前回パリに来たときは非常に短い滞在時間だったため、オペラ座自体を見に行く時間もなかった。ということで、念願かなってのオペラ座訪問。ガルニエが美しい場所だということは、Miklosさんの記事で読んでいたけれど、実際に行ってみるとやっぱりほんとに美しい!
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 ここはホールの内装も重厚で美しく、しかも天井にはシャガールの絵。一見合わなさそうで、でも完璧にバランスの取れた組合せ。このセンスには脱帽。
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Ballet de L'opéra
Rain
Anne Teresa de Keersmaeker

Steve Reich: Music for eighteen musicians (1976)
Anne Teresa de Keersmaeker (Choreography, 2001)

Ludmila Pagliero
Muriel Zusperreguy
Vincent Chaillet
Aurélia Bellet
Valentine Colasante
Miteki Kudo
Nicolas Paul
Daniel Stokes
Amélie Lamoureux
Léonore Baulac


 今回の演目が、先日のロイヤルバレエのDGVの音楽を書いたSteve Reichの曲によるものということを、僕は直前まで知らなかった。

 DGVの音楽を書いたのはマイケル・ナイマンだとご指摘を頂きました。お詫びして訂正します。同じミニマルミュージックで、聴いた印象も瓜二つだったので、完全に勘違いしたまま誤りに気付きませんでした・・・

 パリ在住の友人がたまたま同じ演目を先日観に行ったそうで、これは面白いよと教えてくれたときに、Steve Reichはいいという話になって、そこで初めて知った。何せフランス語が読めない上に、生来の怠け者ときているので、一切何も調べずにいた。
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 舞台は極めてシンプルなセット。オーケストラではなく、多数のピアノと打楽器、数人の器楽奏者、そして4人の女声コーラスという編成。音楽はライヒらしくミニマルミュージックで、それが延々と1時間以上続き、それにあわせて10名ほどのダンサーが延々と踊り続けるという作品。
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 最初のうちは、踊るというよりもみんな舞台を走り回っていて、ときおり一人の女声が抽象的な踊りを踊る。そのうち次第に踊りが増えてくるけれど、特定のストーリーを表してはいないようだった。僕はこの演目の"Rain"という題がどういう理由で付けられたものか知らないし、舞台からもそれを汲み取ることはできない。けれど、舞台上のダンサーたちを観ていると、そこには人の営みそのものから発してくる透き通った感傷が伝わってくるように思えた。
 この演目に特定のストーリーはないと書いたけれど、実際には観ていると男女間の三角関係や四角関係(というのかな?)を描いた場面は何度も現れる。ただし、それぞれの場面において当人たちの心理を詳細に描くというわけではない。むしろ、様々な出来事をほのめかしながら、それらの出来事が発生したときに、当事者たちがどう振る舞ったか、それが外からどう見えたかということだけを、ひたすら次から次へと速いペースでコマを送りつつ眺め続けているという感じ。

 この演目ではダンサーはみな裸足。だから当然ポワントなどもないし、衣装が素っ気ないシャツやズボンだったりするので、そのへんにいる普通の若者たちの人生の一こまというようにも見える。そしてこの演出の根底には普通の人々への深い共感があって、それ故にそこからは、様々な人の様々な営みの豊かさが、どこか儚さを帯びつつも、虹のように無限の色彩をもったもののように美しく描き出される。

 さすがにこの速いペースの演出が1時間以上続くと観ているこちらも集中力を保つのが大変だったけれど、恐らくもっと大変だったのはダンサーと演奏者の方だろう。でも、舞台が進むにつれてますます表現力を増しながら、素晴らしい踊りを見せてくれた。ロンドンに来てからバレエを見始めた僕はロイヤルバレエしか知らないので、踊っていた人の誰が誰だったのか、顔どころか名前すら全く知らない。パリ・オペラ座バレエ団で、何という人がプリンシパルで、どの人がスーパースターなのかということを知らずに舞台を観るというのは、しかしなかなか面白いものだった。先入観がないので純粋に踊りの良し悪しを楽しめる。僕の個人的な感想としては、男性の一人と女性の二人が印象に残っている。
 男性の方は、ひげの人(右から二人目)が上手かった。左から二人目の女性も強い存在感が素晴らしかった。
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 右端の女性も洗練された動きの中に心理の綾を漂わせる豊かな表現力が素晴らしい。
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 ここで色々な演目を観てみたいなあ。
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by voyager2art | 2011-06-04 06:24 | バレエ


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