ティッツィアーティ/ロンドン交響楽団 定期演奏会

2010年3月25日 Barbican Centre
19:30-

指揮:Robin Ticciati
ピアノ:Simon Trpceski
London Symphony Orchestra

曲目:
シベリウス:「クリスティアン2世」組曲
グリーグ:ピアノ協奏曲
リンドベルイ:コラール
シベリウス:交響曲第7番

 ロンドン生まれの27歳の指揮者、ティッツィアーティによる北欧音楽の演奏会。グリーグのピアノ協奏曲はトルプチェスキがソロを担当。どちらも実演・録音を含めて初めて演奏を聴いた。

 シベリウスの「クリスティアン2世」はシベリウス初期の組曲で、明確な旋律と印象的な転調で構成されている。ティッツィアーティはロンドン交響楽団(LSO)のくっきりと色彩的な音色で、この曲を明瞭にさばいていく。シベリウス後期の広大さや深遠さとは無縁ながら、これはこれで美しい音楽。曲の途中からオーケストラの調子が出てきたようで、俄然音が充実してくるのが分かった。

 次いでグリーグのピアノ協奏曲。古今数多く作曲されたピアノ協奏曲の中でも、旋律の美しさとピアノ技巧の華やかさに満ちた,指折りの名曲。
 ピアニストのトルプチェスキはラフマニノフの協奏曲なども録音しているようで、最近のっているピアニストのようだけれど、今ひとつという印象を持った。フレーズとフレーズのあいだの間(ま)でとにかく急いでしまって、常に前のめりな印象。かなり神経質な人のようで、余計に表現意欲が悪い方に出てしまい、落ち着きのないせせこましい演奏をする。技巧的にはよく指の回るピアニストであるとは思うけれど、音色が繊細なのでパワー全開のLSOをバックにするとピアノの音がかすんでしまう。カデンツァに入って急に音が冴えて聞こえたので、この人は無理に協奏曲を弾くよりも独奏曲の方がいい演奏が聴けるのではないかという気がする。ただし全体として気取った弾き方をする上に前のめりなので、どういう曲が向いているのか今ひとつよく分からない。少なくともショパン向きではないと思うけれど、かといって今の段階では、彼のバッハやベートーヴェンが面白そうだとも思えない。
 ちなみにこの日の演奏では、終楽章だけはすばらしい演奏を聴かせていた。それまでの気取った表現から,突然表現が安定して自信に満ちた表情に変わり、技巧も冴えて音量も一回り大きくなった様な印象。グリーグの協奏曲の終楽章は舞曲をベースにした曲なので、リズムの不安定ももともと出にくい。おかげでこの楽章だけは楽しめた。ただし2楽章までと3楽章と、どちらが彼本来の演奏なのかは、僕にはよくわからなかった。


 休憩を挟んでリンドベルイのコラール。初めて聴く曲だったけれど、無調の現代曲ながら旋律感はしっかりとあり、ハーモニーも先鋭的なものではなく、不協和音を主体としつつもときに純協和音を使い、むしろ懐古的な印象さえ覚えさせる。そういう意味で、「現代音楽」でありながら非常に聞きやすい。この曲のハーモニーは本当に面白くて、提示された協和音が、プリズムで像が多重化するようにいくつもの和音に分解して、それらの和音が重ねて奏されるような扱いがとても印象的だった。

 シベリウス最後の交響曲第7番は僕の大好きな曲で、腕利きのLSOがどのような演奏をするか楽しみだったけれど、この日の演奏はややがっかりするものだった。テンポが速めに設定されており、この曲が表現するフィンランドの広大な空間や、日の昇らない冬の夜に満ちる極光がもたらす神秘などが感じられなかった。各旋律の歌い回しはさすがに上手かったものの、それだけではこの曲の持つ、空間と精神の広大さの彼方に人の魂を運んでゆくような深みが出てこない。ただしこの指揮者が年齢を重ねてから聴くと、また面白い演奏が聴けるのではないかという期待は感じさせられた。

 全体としては、LSOの技術的な上手さばかりが際立つ演奏会となってしまい、やや物足りなかった。
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# by voyager2art | 2010-04-05 20:03 | オーケストラ

ロイヤルオペラハウス/歌劇「タメルラーノ」(ヘンデル作曲)

Tamerlano (George Frideric Handel)
The Royal Opera, London

3月11日(木)18:30-

(キャスト)
Andoronico: Sara Mingardo
Bajazet: Kurt Streit
Tamerlano: Christianne Stotijn
Asteria: Christine Schafer
Irene: Nerata Pokupic
Leone: Vito Priante


 久しぶりのロイヤルオペラでのオペラ観劇。もともとバロックオペラにはあまり興味がなかったけれど、今回はキャストに惹かれてチケット購入。実はこの公演、もともとは三大テノールの一人ドミンゴが歌う予定だった.ところが直前になって健康上の理由で彼は出演を取りやめてしまった。腹部に手術まで受けたそうで、一刻も早く回復してほしいところだ。
 そういう経緯のため、あまり演目自体に興味も予備知識も無い状態だったけれど、予想もしていなかった素晴らしい舞台だった。

 オーケストラは小ぢんまりとした編成で、数点の特殊なピリオド楽器とピリオド奏法を取り入れていた。非常に品のある演奏で、さすがという感じ。タメルラーノとアンドロニコの二人は、恐らく作曲当時はカウンターテナーが歌っていたのだろうと思うけれど、この日は女性のアルト歌手が演じていた。技巧的に難度の高い歌が多く、少し不安定になる部分もあったけれど、全体的にはよく歌っていた。声を張り上げるようなことは全くなく、こちらも品のある歌い方。ロマン派以降のオペラに慣れてしまうと、声もオーケストラも極限まで突き詰めたような表現が当り前と思っていたので、こういう慎ましやかなオペラがあるということに驚く。とはいえ、オペラとしての表現力が足りないということは全くなく、むしろバロックの書法からシンプルながら豊かで繊細な表情が溢れ出てくる。

 また、特筆すべきはこの日の舞台と演出の面白さ。白を基調とし、円と球で構成された舞台は極めて現代的でありながら音楽とも見事に調和し、このオペラ全体に引き締まった表現を与えていた。また、歌手達とは別に「バックダンサー」達がいたが、彼らは非常にゆっくりな、そしてやはり現代的な不思議な動きでストーリーを支える。彼らを観ているとまるで現場をスローモーションで見ているような印象で、一方で歌手達はリアルタイムに動いて歌っているので、同時に二つの時間が流れているように見える。これにより、歌手の独唱が深みのあるモノローグとしての手応えを生むことになる。
 歌手の衣装も舞台に合わせてモノクロが基本。ただし、ストーリーの中でごく稀に一人が原色の衣装を着ることがあり、その鮮烈さが際立つ。この舞台・演出の引き締まった表現が音楽と一体化し、総合芸術としてのオペラの奥深さを実感させる出来だった。

 このオペラ、実際に観ているととにかく長い。字幕の無かった作曲当時、多分観ている人が歌詞をきちんと聴き取れるようにという配慮からなのだろうけど、同じ歌詞をその都度3回くらい繰り返す。でも観ていて長過ぎると思うことは一切無かった。切々と歌うモノローグ、シンプルにして緊迫感のある怒りの表現、絶望感に満ちた深い悲しみの表現など、ヘンデルの音楽が素晴らしい。また、ときにフラウト・トラヴェルソ(フルートの前身にあたる古楽器)とリコーダーの四重奏なども挿入され、その古楽の響きの豊かさと新鮮さに耳を奪われる。

 この日の歌手のうち、タメルラーノ、アンドロニコ、アステリアの三人はバロックらしい端正な歌い方。ドミンゴの代役(相当なプレッシャーだろう!)のクルト・ストレイトはもう少しドラマティックな歌い方で、イレーネは完全にロマン派的な歌い方だった。このオペラは当然バロックオペラなので、全員が端正に歌うのがふさわしいと普通は思うところだけれど、こうして少し枠をはみ出たような歌手がいることで、むしろ芸術としての奥行きが深まり、彩りが増していたように思う。こういうところに、僕は芸術の懐の深さを感じずにはいられない。
 ちなみに、予定通りドミンゴがバヤゼットを歌っていたら,彼の一人舞台になってしまって印象はずっと違っていたのではないかと言う気がする。もちろん彼の歌はとても聴きたかったのだけれど、ひとつのオペラ公演として、この日の歌手陣は完璧なバランスを作り上げていたことは指摘しておく必要がある。

 こういう舞台を見ると、技法の進化と芸術の深化は全く別だと納得せざるを得ない。人の創造力は技法の制約を受けず、だからこそクラシック音楽という「古い」芸術が今も鑑賞され続けている。芸術の深みを再認識した一夜だった。
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# by voyager2art | 2010-03-24 07:51 | オペラ

マウリツィオ・ポリーニ ピアノリサイタル

2010年3月1日 Roya Festival Hall, Southbank Centre International Piano Series
19:30 -

曲目:
ショパン
24の前奏曲集 Op.28
-
バラード第1番 ト短調 Op.23
二つの夜想曲 Op.27
練習曲集 Op.25より抜粋
 第1番「エオリアン・ハープ」
 第2番
 第3番
 第4番
 第7番
 第10番
 第11番「木枯らし」
 第12番


 ポリーニによるオール・ショパン・プログラム。先週のツィメルマンに続き、ショパン生誕200年を記念した演奏会で、先週と同様に二説あるショパンの誕生日のうちの一つにあわせて開催された。
 ポリーニは今更言うまでもなく、現代のクラシック音楽界に君臨するピアニスト。1960年のショパンコンクールで18歳で優勝し、その後約10年の研鑽期間を経て楽壇に復帰後は一気にピアノ界の頂点に登り詰めた。その楽壇復帰の際に発表された2枚のレコードは今も色褪せることのない名盤で、一枚がストラヴィンスキーのペトルーシュカ他の近現代の曲を集めたもの、そしてもう一枚がショパンの練習曲集。共に圧倒的な技術で難曲を完璧に弾き切っていて、決定版としての評価をほしいままにするとともに、「ポリーニ=完璧な演奏をするピアニスト」という評価を定着させることになった。
 今回の演奏会にはその練習曲集の中の何曲かが含まれていて、当然ながら聴く側にとっては今の(68歳の)ポリーニがどういう演奏をするか、極めて興味深いところだった。

 ちなみに、ポリーニを聴くのは今回で5回目だったけれど、実は不安が無かったわけではない。僕が最初にポリーニを聞いたのは1994年の日本公演で、ショパンの第2ソナタやシューマンの幻想曲(共に技術的にも非常に難しい)で、本当に一音たりともミスのない完璧な演奏をしていた。
 ところがその後、2000年以降あたりから、完璧だった彼の技術に陰りが見え始め、2008年にロンドンで聴いたときには、ポリーニにしては無残といってもいいほどの、技術的に不安定な演奏だった。その後、昨年(2009年)に聴いたときにはかなり安定感が戻ってきていたので幾分安心はしていたけれども、なんといってもポリーニも既に60代の後半であり、今回の演奏会でどのような演奏をするのか、今一つ不安が拭いきれなかったのは事実。特にショパンの練習曲は極めて高度な演奏技術が要求されるので、レコードで過去の名演奏を聴けば聴くほど、不安も募ったというのが率直な気持ち。

 しかしそんな不安も、プログラム前半の前奏曲集を聴くうちに吹き飛んだ。
 一番最初の第一番、喘ぐような音形のアルペジオを、ポリーニはかなりテンポを動かしながら懐の深い、余裕のある表情で聴かせる。この時点で彼がかなり調子が良さそうな印象を受けたのだけれど、それがはっきり分かったのはト長調の第3曲。革命のエチュードに似て左手で速い定型パッセージを弾きながら右手で息の長い旋律を弾く曲で、ポリーニらしく伴奏の左手も強めに弾きつつ同時に旋律もしっかり歌わせる。第8番や第19番など、技術的に極めて難しい曲ではミスタッチもなかったわけではないけれど、全体としては全く不安を感じさせない安定した演奏だった。

 ポリーニはこの前奏曲集で、一曲一曲の違いをはっきり際立たせるというよりは、24曲全体を一まとまりと捉えたアプローチを取っていた。それぞれの曲はかなり淡々と、しかし深みのある表現で弾き進める。アルゲリッチの録音などに比べると一曲一曲の印象はおとなしいけれど、全体としての感銘の深さはちょっと比類がない。15番の雨だれ前奏曲辺りからは彼自身も調子が上がってきたようで、ピアノの響きに芯が出て多彩になり、表現もますます深まる。実際、この雨だれ前奏曲は素晴らしい演奏だった。
 こんなに渋くて深みのある前奏曲集は他に聴いたことがない。一方で、16番や20番、24番などの激しい曲を聴いていると、圧倒的な力で曲をねじ伏せるような若いころの演奏スタイルも未だにしっかり保っていることも充分に分かる。ポリーニには是非ともこの前奏曲集を再録音してほしいと思う。


休憩をはさんで後半はバラード第1番で開始。ポリーニは最近の演奏会で、この曲をよくアンコールに弾いている。実はそのアンコールでの演奏に深く感心していなかったのであまり期待していなかったのだけど、正規のプログラムとして弾いたこの日の演奏は素晴らしかった。ドラマティックな激しさやロマンティックな優しさなど、前奏曲集とは打って変わって表現の振幅が非常に広い。しかも弾くのがポリーニなので、感傷的な弾き方は全くしない。
 ピアノの音もますます冴え、硬いアタックと密に詰まった響きがとても美しい。現役のピアニストで、これほど美しい音を聴かせるピアニストはなかなかいないのではないか。彼の音は、一つ一つの音だけを採り上げると中立的な安定した音だけれど、ピアニシモからフォルティシモまでピアノが充分に響き切り、かつよくコントロールされているので、同じ和音をひくときでも、その和音を構成する音の一つ一つの強弱の組合せによって無限と言ってもいい変化を生みだす。芯のある低音を響かせたり、明るい高音を効かせたりと、響きが単調になることが全くない。

 次の夜想曲2曲はポリーニのお気に入りらしく、彼の演奏会で実際に聴くのは、1994年の来日公演以来今回で3回目。不安定な和声で神秘的に始まり、途中で大きな盛り上がりを見せた後にすっと舞曲のような明るさに到達する第一曲は僕も好きで、特にポリーニの硬派な演奏はこの曲に最もふさわしいように思える。ロマンティックな第二曲も、ポリーニが弾くと結構ごつごつしたところもある、芯のある音楽に仕上がるのが面白い。

 最後はいよいよ練習曲。ここまでの演奏で、高度な演奏が聴けることに何の疑いも抱いていなかったけれど、期待に違わず素晴らしかった。
 第一曲のエオリアンハープは、多くのピアニストが対位法を強調した演奏をするけれど、ポリーニは対旋律を全く浮かび上がらせず、右手の主旋律と、もやっとした伴奏だけで流麗に弾き通す。過度の感傷を避けるためなのかどうかは分からないけれど、これは過去の録音から一貫している。個人的には対位法を浮き立たせた演奏の方が好きだけれど。
 細かい動きの第二曲、飛び跳ねるような第三曲、リズムがトリッキーな第四曲と、安定して深みのある演奏を聴かせる。第七曲はロマンティックな二重唱で人気のある曲だけれど、これもポリーニらしく深みと骨のある演奏。完全に制御された音と響きの美しさが更に深い陰影を添える。
 そして最後の三曲はまさに圧巻。
 オクターヴで縦横に動き回る第10曲は、重戦車のような重さと機動力のある演奏。全盛期にも劣らないパワーで、凄まじい圧力と緊張感のある音楽を弾く。「木枯らし」の名で知られる第11曲も、全く集中力を途切れさせない。右手の超高速のパッセージと左手の旋律という、ショパンらしい曲だけれど、この右手と左手のバランスが絶妙。左手の旋律が動いているときは右手は控えめに弾き、旋律と旋律の間の谷間では右手を浮立たせて音楽の流れと緊張感を持続させる。最後まで全く途切れずに一気に弾き切った。
 更に、間をあけずに最後の第12曲。彼の集中力は全く途切れず、むしろ聴衆の方にポリーニについていけていない人が多かった。大海のうねりのようなこの曲を、やはり圧力と緊張感を途切れさせずに弾き続け、滔々とした大きな流れを作り続ける。同じ音形を執拗に繰り返すこの曲で、微妙かつドラマティックな和声の変化に巧みな響きな変化を組み合わせていた。ここから受ける感銘の深さは並大抵のものではない。

 冷静な話をすれば、彼がいまショパンの練習曲集を再録音しても、過去の録音ほどの評価を得ることは難しいかもしれない。やはりこの曲は技術的な完成度の高さが重要な意味を持つ曲集であることは間違いなく、特に録音するとなるとその点は更に強調される。そして、技術的にみて今のポリーニが過去の彼自身に劣ることは否定しようがない事実である。(今のポリーニが劣るというより、以前のポリーニが異常なレベルだったというのが正確ではあるけれど。)
 しかし、演奏会で弾くとなると、今のポリーニほどこの曲を「聴かせる」ピアニストは稀だと思う。68歳になった今も、彼は依然としてピアノ界の帝王であると断言できる。この先もまだ、彼が何かすごいものを聞かせてくれることは間違いないだろう。


 ちなみに今回のプログラム、一見バラバラな曲の組合せのように見えるけれど、僕にはポリーニの意図が見えたような気がした。彼はここで、作品番号が20番台の曲ばかりを集めている。これらは全て、ショパンが20歳代後半で作曲したもので、若さゆえの瑞々しい感性と、成熟を見せ始めた彼の作曲技法の幸福な結びつきが見られる作品群である。
 ショパンのピアノ書法が完全に成熟した壮年期の作品よりも、比較的若いころの作品の方が、演奏の仕方によってはより多くのことを表現し得る(ただし晩年の曲はまた別の話)というのは、前週のツィメルマンの第2ソナタの演奏で気付いたことだったが、今回のポリーニの演奏会ではそれを更に強く実感した。

 アンコールは革命のエチュード、マズルカを一曲、スケルツォ3番。この中ではスケルツォの素晴らしさが際立っていた。
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# by voyager2art | 2010-03-05 02:03 | ピアノ

クリスティアン・ツィメルマン ピアノリサイタル

Krystian Zimerman Piano Recital, Southbank Centre International Piano Series

2月22日(月)Royal Festival Hall
19:30 -

曲目:
オール・ショパン・プログラム

夜想曲 嬰ヘ長調 Op.15-2
ピアノソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35
スケルツォ 第2番 変ロ長調 Op.31
-
ピアノソナタ 第3番 ロ短調 Op.58
舟歌 嬰ヘ長調 Op.60

 今年(2010年)はショパン生誕200周年にあたる。ショパンの誕生日には2月22日説と3月1日説があり、今日の演奏会はこの2月22日説にちなんだもの。ちなみに3月1日にはポリーニによるショパン・プログラムが予定されており、これも聴きに行く予定。

 ツィメルマンは1975年のショパンコンクールで優勝したポーランドのピアニスト。年間の演奏会数を50回に抑え、演奏する曲も5年から10年を掛けて準備したもののみに厳選するなど、エキセントリックとすら言えるほどのストイックな姿勢を貫いている。僕が彼の実演を聴くのは今回が初めて。

 一曲目の夜想曲はショパン特有の感覚美の世界。とはいえ、この日の演奏の中でみると、あくまでも後に備えた指慣らし、という演奏。ただしここで既に、彼がルバートやアゴーギクを多用することを躊躇わずに音楽のロマンティシズムにアプローチする一方で、過度の感傷的な表現は注意深く避けていることが充分に見てとれた。

 続くピアノソナタの2番は速めのテンポで第一楽章を開始する。ツィメルマンの音色は決して華やかな方向には傾かず、むしろ充実した低音と芯の通った粘りのある中高音が特徴的で、音のアタックよりもその後に続く響きが主体の重厚なもの。その点で、グールドやグルダの硬質で明確な音とは対象的。この音色を武器に彼は厚み・深みのあるソナタを弾いた。

 テンポは速めでルバートも使うけれど、リズムのコントロールはしっかりしているので音楽が崩れない。その上で更に特筆すべきは、彼が対位法の扱いに並々ならぬ注意を払っている点。第2主題など旋律の対位法的な絡み合いでは各パートの動きが明瞭に分かる。

 一般にショパンの音楽は旋律の美しさが耳を惹く一方で、楽譜をよく読むと極めて洗練された対位法の扱いが見られる。これを上手く表現するかどうかで、演奏の深みが全く違ってくる。その点で,ツィメルマンの演奏は非常に高水準だった。

 第一楽章の展開部以降もがっちりとした響きと巧みなアゴーギクで上手く盛り上がりを構成していた。
 第二楽章スケルツォも第一楽章と同様に速めのテンポで開始する。基本的なアプローチは変わらない。トリオの対位法の扱いも見事だった。盛り上がり方がよく考えて構成されている点も前楽章と同じ。

 第三楽章は「葬送行進曲」として知られている。前後を陰鬱な葬送曲に挟まれて、中間部に甘美な夜想曲風の音楽が演奏される。この葬送行進曲は、前の二つの楽章とは打って変わって遅めのテンポで始まった。音楽の進行に従って少しずつ音量も増加する。ただしここでも、ツィメルマンは決して衝動的に弾くことは無い。フォルティッシモを弾くときにも力任せに鍵盤を叩くのではなく、しっかりとした構成力の中で完全にコントロールの効いた強音を出す。そのため音楽の流れが途切れ途切れになることも無い。

 中間部は速めのテンポ設定。旋律を豊かに歌わせつつも、伴奏のアルペジオの一つひとつの音を強めに鳴らしているために音楽に芯が出て、感傷的になることを防いでいる。このあたりに、ツィメルマンというピアニストの誠実さと、健全な正統性を感じさせられる。

 再び戻った葬送曲はフォルテで再開。音楽が進むうちに、不思議な感覚になってくる。ステージのツィメルマンの動きと音が一致しなくなってきたからだ。彼は重い葬送曲を弾いているのに、音はだんだん小さくなってくる。ここの音のコントロールは本当に見事で、単に音が小さくなるのではなく、重苦しい音楽が遠くへ離れていくような印象。まさしく葬列が遠ざかって行く様子がここに表現されていた。

 葬送行進曲の3つの終和音が重く長く鳴らされると、そのまま途切れずに終楽章が始まった。これが、CD・実演を合わせても、今まで聴いた中では最も速いテンポ設定。シューマンが不快感を示し、聴き手と弾き手を困惑させてきた、両手のオクターブ・ユニゾンだけで書かれた極めて抽象的な音楽であり、普通に弾くと何が何だか全くわからなくなってしまう、謎の楽章。しかしツィメルマンの設定したテンポでは、明らかに和声と旋律の影が浮かび上がってくるのが分かる。

 ピアノの演奏史上で、この楽章にこういうアプローチをしたのは恐らくベネデッティ・ミケランジェリが最初ではないかと思う。しかしミケランジェリが正確で冷徹極まりない演奏から知的に和声を浮かび上がらせたのとは対照的に、ツィメルマンはここに明らかに人影を描いているように思われる。リズム構造をかなり大胆に崩していたために輪郭は全て曖昧で、何一つ明確なイメージは見えてこないにもかかわらず、そこに人がいることははっきりと分かる。そういう印象。

 19世紀の半ば、まだ抽象芸術の生まれていなかった時代にこの音楽を書いたショパンは天才としか言いようがない。そしてそれを見事な抽象画として再現したツィメルマンの演奏の素晴らしさ。僕はこの日のこの演奏は、間違いなくショパン演奏史上に残るに足るものだったと信じる。ツィメルマンがこの曲を録音するかどうかは分からないけれど、録音されれば素晴らしいレコードが人類の歴史に残ることになるだろう。信じ難いような名演だった。

 次のスケルツォも、ツィメルマンらしい演奏。歌うところはよく歌うけれども、華やかさや感傷に傾くことは極力避けられている。速いパッセージの多い曲ではあるけれど、例の粘りのある音色で弾くために華やかさよりはむしろ深刻さや切実さが感じられる。中間部を含めて対位法の扱いも見事なので、極めて構成的で説得力のある演奏になっていた。
 ここで休憩を挟む。既に前半だけで相当な内容の演奏を聴いたという印象。


 休憩の後は、ソナタの三番。若い頃に作曲された二番と違い、三番はショパンの成熟がよく現れた曲。それだけに、音楽が音楽として充分に自立しているので、楽譜通りに弾けば音楽が自然に出来上がり、ピアニストの個性はむしろ出にくい曲のように思える。その点でベートーヴェンの皇帝協奏曲と同じタイプ。

 しっかりした構成と多彩な対位法を、ツィメルマンは第三楽章までうまくまとめていた。対位法の扱いも見事。そして続く第四楽章で、彼らしさが存分に発揮された素晴らしい演奏を聴くことができた。テンポはかなり早く、これまで抑えていた高音をしっかり鳴らして右手の速いパッセージを浮き立たせる。更にすごいのは、同時に左手の音から旋律を浮き上がらせることで、通常とは逆に、左手に主旋律があり、右手が装飾、という音楽に組上げた点。これは対位法を相当意識していないとできることではない。

 音量の点でも、これまで抑え気味にコントロールしていた彼がその制約を一気に外した。ミスタッチを恐れずに、出せる限りのフォルティッシモを鳴らす。力感とテンポ感、リズム感、対位法、それらが異様な迫力の演奏を生み出す。この終楽章は本当に素晴らしかった。

 最後は舟歌。ショパン晩年のピアニズムの粋を極めたとも言える傑作で、僕が最も好きなショパンの曲でもある。ツィメルマンは中庸のテンポで、揺れ動く三度や六度の旋律を豊かに歌わせる。旋律を彩る装飾的なパッセージが水面にきらきらと反射する日光を思わせ、聴く人を寂寥の彼方に誘う。その人が過去の人生で経験した苦しみや悲しみがそっくそのまま水面に映し出されるのを傍目に舟は淡々と進み、そして最後に聴き手の心に深く残るのは、その人が経験してきた人生への究極的な肯定である。
 音楽は人生を表している。このことが直接的にわかる曲であり、演奏だった。


 アンコールはショパンのワルツ嬰ハ短調Op.64-2の一曲。

 全体として、極めて高水準の演奏会だった。
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# by voyager2art | 2010-02-23 10:50 | ピアノ

バレンボイム/ベルリン・シュターツカペレ

Daniel Barenboim, conductor&Piano
Staatskapelle Berlin

1月31日(日) Royal Festival Hall
19:45 -

曲目:
シェーンベルク:浄められた夜
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」


 日本では人気が今ひとつのバレンボイムだけれど、ヨーロッパでの彼の人気はすさまじい。チケットはすぐに売り切れ、聴衆は熱狂する。僕はこれは、芸術の表現行為に対する日欧の受容態度の違いだと考えているけれど、それを裏付けるような、興味深く、かつ素晴らしい演奏会だった。

 シェーンベルクの「浄められた夜」は、ウィーン世紀末真っ只中の1899年に作曲された。この頃がどんな時代かと言えば、ウィーン宮廷歌劇場(現国立歌劇場)ではマーラーが芸術監督を務め、クリムトがウィーン分離派を結成し、フロイトが精神分析学を創始した。ウィーンを離れて見てみると、現代物理学の突破口となったアインシュタインの特殊相対性理論や、後に抽象数学の基礎の一つとなったルベーグ積分論なども発表を数年後に待ち、まさに人の文化が大転換を遂げる時期だった。シェーンベルク自身も、それまでの音楽の絶対的な基礎だった和声法を打ち崩し、無調音楽を創始した張本人だ。

 ただし「浄められた夜」自体は、シェーンベルク25歳の頃の作品で、崩壊寸前とはいえまだ調性を残しており,ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」からの直接の影響の見られる、極めて表現的で官能的な作品。弦楽器のみの編成で、リヒャルト・デーメルという詩人の書いた詩に基づいて、音楽は進む。詩の大意は以下の通り。

月の夜に、一組の男女が木立の中を歩く。
女は言う。
私は母となる喜びを求め、見知らぬ男に身を委ねた。
子を孕んだとき自分は祝福されたとさえ思ったが、
あなたと出会い、人生は私に復讐した。
男は言う。
あなたの子があなたの魂の重荷となりませんように。
世界が輝いているのをご覧なさい。
私たちは冷たい海の上を歩いているが、
暖かさが私とあなたの間を行き交い、
それがこの子を浄める。
これによってこの子は私の子となり、あなたはその子を産むのだ。
二人は抱擁し合い、口づけし、またあるき続ける。

 曲は暗い色調で始まる。ベルリン・シュターツカペレ(ベルリン州立歌劇場、日本では「国立」歌劇場という誤訳が定着している)の弦楽器の音は、芯の強い典型的な北ドイツ系の古風な響き。やがて女の独白の部分になると、バレンボイムは極めて強く不安を煽り立て、錯乱状態に近い女の不安定な心理を極めてダイナミックに表現する。バレンボイムのもとで長年ワーグナーを演奏してきたこのオーケストラ、さすがにこういうところの表現を、完璧なアンサンブルで実現する。
 その後の男の独白で音楽は色調を変え、次いで、男の言葉に慰められた女の歓喜が高まってくると、バレンボイムは再び音楽を大きくドラマチックに盛り上げる。二人の感情が絶頂に達すると、その後は清浄な響きの中に曲は消えて行く。

 今までこの曲は実演でも聴いたことがあったし、録音でも時折聴いているけれど、今日の演奏ほど感情の起伏を大きく表現した演奏は初めてだった。恐らく弦楽合奏の表現力の限界まで、バレンボイムは抽き出していたはずだ。そしてその彼の意図を実現するオーケストラ側の実力も素晴らしい。


 休憩を挟んでベートーヴェン。バレンボイムの弾き振り。実はこの「皇帝」という曲は、僕は余り好きではない。その名の通り立派で堂々としている反面,今ひとつ感情の入り込む余地がなくて、馴染めない。しかし今日のバレンボイムの演奏は、極めて生き生きとした表現に満ちていて面白かった。
 どちらかといえば堂々とした曲調を重視する余り、テンポやフレージングが型通りになりがちなこの曲でも、バレンボイムは持ち前の表現力を発揮する。オーケストラをテンポ通りに弾かせておきながら、随所で自分は思い切った「ため」を聴かせる、というのが多かった。
 ベートーヴェンでも初期の曲ならともかく、この皇帝あたりになるとオーケストラパートもかなり高度になってきて、ここまで表現を動かすと普通なら弾き振りでは難しく、指揮者を置くべきところ。しかしそこは長年のコンビ、お互いの信頼関係が相当強いと見えて、オーケストラも全く動揺せずに弾き通す。その上で自在に音楽を動かすバレンボイム。最初から最後までその調子で、極めてダイナミックでライブ感に溢れたいい演奏だった。


 日本ではいまだにフルトヴェングラーやベームなど、昔の正統派の巨匠を偏重する向きが強い。そんな中で、バレンボイムのように表現意欲の強い、くせのある演奏はなかなか人気がでないのも仕方のないことなのかも知れない。
 しかし実演で聴く彼の演奏の面白さは、音楽が人と断絶のある崇高な世界からやってきた絶対的な何かではなく、音楽があくまでも人の営みの一つであって、演奏者と人とのコミュニケーションとして捉えられていることからきている。僕はここに、埋め難い日欧の差を見る。
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# by voyager2art | 2010-02-01 09:01 | オーケストラ


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